第69話

ーーーりっくん、遅くてもいいから電話してください。

 メッセージでは書き切れない。ほんとは会って話したい。


『もしもし、お待たせ空。どしたの?』

 23時過ぎに、りっくんは電話をしてくれた。たぶん、ほんと今さっき仕事が終わって、急いで階段を昇って部屋に入ったところ。

 だって息が上がってる。


「あのね…明日のこと、お母さんに『デートでしょ』って言われちゃった」

『え、あー…、すっげ直球…』

 ははって、りっくんが乾いた声で笑った。僕が言われた時ほどは驚いてないみたいだ。

『…まあ…、ある程度の覚悟はしてた…けど…』

 沈んだ声。

 

 ちがうの りっくんっ


「あ、あのね、りっくん。ちがくてっっ。お母さん、いいって…っ」

『え?』

「明日、楽しんできなさいって。りっくんのこと、完璧な彼氏だって…っ」

 全然整理して話せない。

「りっくん明日迎えに来てくれるって言ってたから、だから先に言っとかなきゃって思って…」


 りっくんの反応がないから怖い。

 僕が喋れなくなった時、なんでりっくんはあんなに落ち着いて僕の相手ができるんだろう。


 詰めていた息を、はぁー…っと長く吐き出すのが聞こえた。

『ビビったー…。ははは…、そっか…。ぜんっぜん完璧なんかじゃねーけどな』

 りっくんの声、なんかぐたっとしてる。

「言う順番ヘタクソでごめんなさい…」

 もっとマシな伝え方、あったと思う。


『ん?いいよいいよ。空は悪くないよ。でもそっかー…。バレたか。つか、認めてもらえたって言っていいのか…』

 スンッて、鼻を啜る音が聞こえた。

『明日迎えに行くの、緊張するなー…』

「駅にする?」

『いや、行く。せっかく認めてもらったのに行かないとかない』

 迷いなく言われた言葉にきゅんとした。


 今日はもう遅いからって電話を切って、スマホのアラームと目覚ましと両方かけた。

 服も、もう選んで出してある。

 あとはちゃんと寝るだけ。それが一番難しい。


 明日は

 りっくんとデートだ!!



 朝起きて、母に会うのが妙に恥ずかしかった。

 でも母は至って普通で、僕の服を見て「うん、可愛い」って言った。

 今日はユルいシルエットのカットソーにクロップド丈のチノパン。それに一応カーディガンを持っていく。映画館、寒いかもしれないし。


「今日もお迎えあり?」

 イングリッシュマフィンにクリームチーズを塗りながら母が訊いた。

「あ、うん。来てくれるって」

 僕はいちごジャムを塗る。父はまだ起きてきていない。


「昨日のこと、話したの?」

 母がちらっと僕を見た。

「うん。話したよ、一応…」

 応えながら、ちょっとドキドキした。

「そっか。その上で迎えに来てくれるんだ。なんかほんと格好いいわね」

 いいなー、って言いながら、母がマフィンを齧った。


 約束の時間にチャイムが鳴って、僕がトートバッグを掴んで玄関に行こうとしたら、母が「お見送りしていい?」って訊いた。

「え、わ、わかんない…」

「じゃ、しちゃお。律くんにおはようも言いたいし」

 そう言って母は弾んだ足取りで玄関に向かった。

「待ってお母さん、ドアは僕が開けるっ」


 一番にりっくんに会うのは僕っっ


 争うように玄関に向かって、でも母は上り框で止まった。

 スニーカーを突っ掛けて、玄関ドアのノブを回した。


 ドキドキする…っ



 

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