第66話
待ちに待った水曜日の放課後、ホームルームが終わった途端教室を飛び出そうとした僕に、後ろから神谷が「気を付けて帰れよ!」って声をかけてくれた。里田さんもバイバイって手を振ってくれて、僕はどうにかそれらに応えて、駅に向かって急いだ。
相変わらず女子の先輩たちの視線を感じてる。でも、例の黒い優越感がそれを跳ね返してくれていた。
りっくんには知られたくないけど、これのおかげで過ごせてる。
駅の階段をぱたぱたと昇ると、ホームにりっくんが見えた。
「空、ほんとに走ってきたの?」
僕を見つけて駆け寄ってきたりっくんが笑う。
「うんっ、だって…っ」
会いたくて会いたくて会いたい
はぁはぁ言ってる僕の流れる汗を、りっくんがタオルを出して拭いてくれた。
電車に乗ってる間に汗もひいて、駅からは肩を抱かれて歩いた。
周りからどう見えてるのか、とか、もうよく分かんない。そのへんの加減は、りっくんにお任せすることにした。
テストも間近になって、あとは覚えるだけ、みたいな時期だから、りっくんは僕の隣で自分の勉強をしてる。そしてちらちらと僕の方を見て、テストに出そうなところとか教えてくれた。
「駅で汗拭いてやった時も思ったんだけど、空、ほんっと肌すべすべだよな。何かしてんの?」
指の背で頬を撫でられてドキドキした。
キレイにしてて良かった…っ
「あ、あの…、これ塗ってるだけ…っ」
机の引き出しを少し開けて、青いチューブを指差した。
「あー、1番スタンダードなやつ。って、ん?それ…」
りっくんが引き出しに指をかけて、もう少し開けた。
「これ、あの時の俺のハンカチ。こんなキレイに保管してくれてんの?」
チャック付きポリ袋に入った、りっくんのチェック柄のハンカチ。
「…うん。それ見てね、りっくんと仲良かったのは夢じゃなかったよね、って思ってた」
「空…?」
「だってほら、夢だったのかも、って思うぐらい接点なくなっちゃってたから…」
突然ぐいっと抱き寄せられた。椅子のキャスターがギッて音を立てた。
「『友達認定』いつ取り消されちゃったんだろう、って…思ってた…」
「友達認定?」
僕を抱きしめたまま、りっくんが不思議そうな声で訊いた。
「りっくんって呼んで、って言われた時にね、友達だって認めてもらえた気がしたんだ。すごく嬉しかった。それこそ、りっくんがいた小1から小3の間は、
僕にとって夢みたいに楽しい時期だったんだ」
「…そっか…、それで『友達認定』」
大きな手が、ゆっくりと頭を撫でてくれてる。
「…うん…」
「あの時、空、上手く「律くん」って言えなくて「りっくん」になったんだよな、確か。でもそれがなんか、すげぇ可愛いなぁって思ったのと、空の声でりっくんって呼ばれるのが妙に心地よかったんだよね」
懐かしそうに目を細めたりっくんが、ふふって僕に笑いかけた。
「だから、空以外の誰にも「りっくん」って呼ばせてないんだ。…誰かに聞いた?」
「…うん…」
「俺さ、空が俺のこと、りっくんって呼ぶの、大好きなんだよね」
そう言って微笑んだりっくんを見つめて唇を噛んだ。
すっごく嬉しい。
「空?」
「…りっくん、大好き」
抱きしめてくれてるりっくんに、身体をすり寄せながら言う。
すっごく嬉しいのに、素直に喜んでいられない。
だって僕の奥の方から黒いアレがやってくる
「うん、ありがとう、空。俺も大好きだよ?」
嫌いにならないで
僕の裏側を見ないで
僕はりっくんが思ってくれてるほど
真っ白でもキレイでもないから
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