第65話

 昨日、そんなことがあったんだよってりっくんに言ったら、「そっかぁ…」ってため息をついてた。

 土曜日の僕の部屋。りっくんの長い腕に包まれて、まずは話を聞いてもらった。


「顔の印象とおんなじくらいキリッとした性格してんな、神谷くん」

「うん…。でもびっくりした。まさか神谷が…って」

 りっくんにぎゅうっと抱きつくと、りっくんも僕を抱きしめ返してくれる。

「空は可愛いからなー。好きになっちゃうよなー」

 片腕で僕を抱きしめてるりっくんが、大きな手で頭を撫でてくれた。

「正直すげぇ心配してたけど、その感じなら大丈夫かな?」

「心配…?」

 見上げたら、りっくんがクスって笑った。

「そりゃ心配するだろ。あんな明らかに空のこと好きなやつが近くにいたら」


『三島先輩にはとっくにバレてんの分かってたし』

 いつから気付いてたんだろう、りっくん。


「じゃ、一安心したところで勉強しよっか。…キスしてから」

 そう言って、顎を掬われた。

 土曜日だから、うちは両親とも家にいる。部屋に鍵もかからないし、キス以上のことはできない。


 もどかしい


 舌が溶け合いそうなほど口付けて、切なく疼く身体を離した。

「…何からやろっか」

「…数学…」

「OK」

 教科書を開いて、練習問題を解いていく。間違ったり、引っかかったりすると、りっくんが優しく教えてくれた。


 お昼は母に炒飯を作ってもらった。りっくんが「空の好きなもの」って言ったから、土曜のお昼の定番の炒飯にした。

「すごい。全然量が違う」

 僕のと、りっくんのと。


「律くんのお母さんにね、どれぐらい食べるか訊いたの。コンビニに寄った時に」

「うわ、すいません。そんな…」

 りっくんが母に頭を下げたら、「いいのいいの」って母が笑った。

「だって体格が全然違うから分かんなくて。この前の晩ご飯足りなかったんじゃない?」

 りっくんは母の問いかけに首を横に振りながら「全然そんな」って応えてた。

 お父さんも来て4人でご飯を食べたのが、なんか変な感じだった。


 一緒にご飯を食べ終わって、また勉強して、合間に今度観に行く映画を決めた。

「空はどの辺の席がいい?第3希望ぐらいまで言っといて。チケット買っとくから」

「え、でも…」

「カッコつけさせて、な?」

 反論しようとした僕の唇を、りっくんが人差し指でツンとつついた。

「…うん…」

「かっわいー、上目遣い。な、空。どの辺の席?」

 僕の頭を撫でながら、微笑んで覗き込んでくるりっくんが格好よくて、何を訊かれているのか分からなくなってくる。


 そう、映画の席…。

「後ろ…の方で、端っこの席、か、前に通路のある席の端、かなぁ?」

「端っこは隣の席がない所ってことでOK?…隣に変な人が座ったこととかあんの?」

「…うん。隣、知らない人が座るの、やだ」

 暗闇の中で脚を撫でられたことがある。思い出してゾッとした。


「そっかそっか、分かった。端っこの席な」

 うん、て頷いて手を伸ばしたら、抱きしめてくれた。

「…思い出しちゃった?嫌なこと」

「…うん…」

「ごめんな」

 ううん、って首を振って、りっくんの肩に顔をすり寄せた。

 勉強してたって、りっくんといる時間はあっという間に過ぎていく。


「次の水曜、どうする?一斉下校だから学校まで迎えに行ったら目立ち過ぎるか?」

「…かも…」

 今日はおしまいってことで帰り支度をしているりっくんを見てる。

「じゃ、駅のホームにする?あんま変わんねーかな?」

「…駅にする。急いで帰るから待ってて?」

 ちょっとでも長く会いたい。

 今だってほんとは、帰ってほしくない。

 りっくんの腕を取って、ぎゅっと抱きしめた。


「待ってるよ。だから転ばない程度に急いで、な?」

「うん。…あのね、りっくん」

 今度会ったら絶対言うって決めてた言葉がある。

「ん?」

 タイミングが分かんなくて帰りになっちゃったけど…。

 

「…大好き…」


「…うわ、やばい、致死量食らった…っ。幸せ過ぎて俺死ぬ…」

 大げさなくらい喜んでくれて嬉しくて、りっくんの腕をぎゅうぎゅう抱きしめた。

 りっくんは反対の手で僕の頭を撫でてくれる。


「ほんと可愛い。毎回帰る時がマジでキツいんだよなぁ。空、ポケットサイズくらいにちっさくなってくんねぇ?連れて帰るから」

「ずぅっとりっくんのポケットに入ってられたらいいね」

 くすくす笑いながら、そんなバカな話をしてる。


 ねぇりっくん。

 僕の大好きの裏面を見ても、おんなじように言ってくれる…?



 

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