第64話

「今日どうする?どっかで勉強する?」

 昼休み、いつものように僕の席の周りに里田さんと神谷が集まってきてお昼ご飯を食べてる。

 神谷のデカいお弁当箱の中身は早くも半分以上なくなっていて、里田さんがそれをちらりと見ながら2つ目のサンドイッチを齧った。

 今日はテスト発表の日で、部活は休みに入った。

 中学の頃は、時々3人で図書館で勉強したりした。


「…あの、オレ、さ。ちょっと高山とはなししたいんだけど、いい?」

「え?」

 神谷が箸を下ろして僕を見た。

「テスト発表期間で悪いんだけどさ、ちょっと…、早めに心の整理をしたいっつーか、だから今日、高山と二人で話したいんだ」

 真剣な目で、神谷が僕を見ながら言う。

 心の、整理…?


「…いい、けど…、僕は…」

「じゃ、あたしは誰かに声かけてみよーっと」

 なんだろう、改まって。

「ほら、高山くん。早く食べないとお昼休み終わっちゃうよ」

「あ、うん…」

 気付いたら神谷も里田さんも、もうほとんど食べ終わってた。

 慌ててご飯を頬張っていたら、神谷の視線に気付いた。

 神谷、眉間に皺、寄ってる。

 お弁当箱を仕舞っていく神谷をチラチラ見ながら、なかなか減らない自分のお弁当箱の中身と戦った。

 

 何の話するんだろうって思いながら、でもちゃんと授業は受けられた。

 淡々と時間が過ぎていき、放課後を迎えた。

 教室前の廊下で里田さんに手を振って、神谷と二人で電車に乗った。

 僕の家の最寄駅で降りて、ファストフード店に入る。

 前に、りっくんと入ったお店。

 向かい合って座った神谷の顔が、なんかすごく緊張してる。


「…中2の時さ、同じ委員になったじゃん、オレと高山。それで話すようになって、って思ってるだろ、高山」

「え?」

 なんで突然中学の話?ていうか、思ってるだろ、ってなに?

「委員を決める学活の時、トイレって嘘ついて高山のクラスを覗きに行った。高山の名前が美化委員のとこに書いてあったから、だからオレも美化委員になったんだ」

 神谷がやや視線を落として早口で言う。

「…それ…は…」

 わざと、同じ委員になったってこと?


「オレさ…、1年の時から、高山のこと好きだったんだよ」


「…え…?」

 眉間に皺を寄せた神谷が、目元を染めて僕を見ている。

「グラウンド走ってて、花壇にいる高山を見つけた。高山は誰かと話しながらオレたちの方を見てた。その、こっち向いてる顔が、すっごい可愛くて綺麗で、吸い込まれるように好きになった」

 僕はただ、その告白を聞いている。


「今まで女の子に何言われても、全然心が動かなかった理由がその時分かった。ああ、オレこっちかーって思って、ショックはショックだったけど、それより高山と親しくなりたいって、そっちに気持ちが動いた。友達でいいから、そばにいたいって。そう思って、なんとか友達になって、高校も一緒のとこ受けた。…ごめん、怖い?オレのこと」

「え…っと…」

 びっくりして頭が働いてない。


「里田から、高山は三島先輩と仲良かったって聞いて驚いたよ。部内で三島先輩の派手な噂話散々聞いてたからさ。でも1番ショックだったのは、オレが惚れた高山は、三島先輩の思い出話を聞いてる高山だったってことだった。あの綺麗な表情を生み出したのは三島先輩なのか…ってさ。…でも」

 神谷がまた、僕をまっすぐに見据えた。


「高山がこっち側の人間だったら、ワンチャンあるんじゃないかとも思った。ただの友達の話を聞いて、あんな顔するとは思えなかった。だとしたら、だ。三島先輩は、取っ替え引っ替えエンドレスで彼女がいるような人だったみたいだから、高山はいずれ先輩を諦めるだろう。そこを狙う。そう思ってたのに…」

 僕から視線を外した神谷が、深いため息をついた。


「突然ベスト貰ったとか言うし、一緒に出かけたりしてるしさ。なんか、あっという間に距離が縮まってて、カテキョなんて言ってっけど絶対ぜってえ違うだろって思った。電車で会った時の三島先輩、近付いてくんなって顔してたし。なんでだよって思った。あんたは女が好きなはずだろって」

 眉間に力の入った険しい顔で、神谷が唇を歪めて低い声で言った。

 神谷はもう一回ため息をついた。


「でもさ、保健室で見た二人、すげぇちゃんとハマってた。三島先輩は高山の肩を大事そうに抱いてて、高山は完全に身体預けててさ。めちゃくちゃ口惜しくて、フザけんなって思ったけど、同時にもうダメだって思った。高山は、オレのものにはならないって」

 少しずつ神谷の力が抜けていって、肩が落ちて声が掠れた。


「言わないまま友達続けようかとも思ったけど、それは高山を騙してるみたいでやだなと思ってさ。三島先輩にはとっくにバレてんの分かってたし、ちゃんと言っとこうと思って。…オレ、高山のこと友達としても好きだよ。だからできれば、今まで通りでいさせてほしい。…高山が、嫌じゃなかったら…」

 諦めの色を濃くのせた笑みを浮かべて、力なく神谷が言った。いつもは強い目の光も今はなくて、神谷が少し小さく見えた。


「…僕は…、神谷はいい友達だと思ってるよ。ちょっと…だいぶびっくりはしたけど、神谷を嫌いになったりとかはしないし。…だから、友達…、でいる分には、僕は…」

 恋をしている心や身体が解ってきてるから、返事がどうしても鈍くなる。

 神谷が薄く笑った。


「心配すんな、襲いかかったりしねーから。気持ちがねぇのに身体だけ手に入れたって虚しいだけだろ。だからそこは信じてほしい」

 じっと僕を見つめる神谷が、いつもの神谷に戻ってきてるみたいに見えた。

 僕は、うん、て頷いて応えた。


「…可愛いんだよなー、高山はさ。初恋でこんなハードル上がっちまってたら後がやべーぞ、マジで」

 どうしたらいいんだよ、って笑った神谷は、もうかなりいつもの神谷だった。

 …りっくんのことで機嫌が悪くなる前の。


「じゃー、オレの告白終わり。勉強しようぜ、勉強。高校初中間で赤点とか、オヤに殺される」

「神谷、赤点なんか取ったことないじゃん」

「今まではなー。でも一高やっぱ難しいし。それにオレ、今傷心だから」

 笑って言う神谷を、強いなー、って思いながら見た。

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