第62話
「…なに女の子と帰ってんのよ」
じろっと僕を見て、ピンク色の唇が動く。
「あたしは友達ですっ」
里田さんが一歩踏み出して言った。先輩は里田さんを見て、ふんっと鼻を鳴らした。
「…分かるわよ、それぐらい。てゆっか、そんなピリピリしなくても取って食ったりしないわよ。三島先輩に釘刺されてるし。…でも」
ぶすっとした表情で、先輩が僕を見る。
長く濃いまつ毛は羽ばたきそうで、不機嫌を撒き散らしていても可愛いと思った。
「愚痴くらい、言ってもいいかと思ったのよ。だって昨日の三島先輩ってば…」
ギリッと音がしそうなくらい、ピンクの唇を噛み締めてから、また先輩が口を開く。
「あんまりにも違うから。あたしたちの知ってる先輩と」
「え…?」
ちょっと来て、と廊下の隅に連れて行かれた。里田さんは、そのままそこに残って心配そうに僕を見ていた。
「あたしはね、去年の秋頃先輩と付き合ってたの。一ヶ月半くらいかなぁ?三島先輩って、タイミングが合えばたいてい誰の告白でも受けてくれたから、あたしも、って思った。それと同時に、なんでみんなすぐに別れるんだろうって思ってた。あんな格好いい人と付き合って、別れる意味が分かんないって。…でもね、割とすぐ分かった。三島先輩ね、全然優しくなかったの」
「え?」
りっくんが優しくないなんて、それこそ意味が分からない。
「ムカつくぐらい意外そうな顔するわね。あんたが着てるそのベスト、それ貸してもくれなかったんだから、三島先輩。他の子が彼氏にベスト借りたりしてて羨ましくて、せめて写真撮りたいからって言っても、「何言ってんの?」って言って貸してくれなかった。なのに…」
じろって睨まれて、思わず後ずさった。先輩がため息をついて、また唇を噛んだ。
「一緒にいてもね、それなりに相手はしてくれるけど、目に温度がないっていうか、あたしのこと、別に好きじゃないんだろうな、って分かるわけ。メッセージなんてくれないし、あたしが送ってもなかなか見てもくれないし、返信もほんの一言とかだし。だから付き合ってても逆に淋しくなって、それで別れたの。たいていみんなそう。嫌いになって別れるんじゃないの。好きだから、辛くて別れるの」
先輩が、スンッって鼻を啜った。僕を見つめる大きな瞳が涙で潤んでくる。
「昨日の三島先輩、見たこともない優しい目であんたを見ててびっくりした。三島先輩ってあんな顔するんだって、あんな熱のこもった目をするんだって、たぶんみんなそう思ってた。すっごい格好良かった。でもあたし、あんな顔知りたくなかった」
ずずって鼻を啜って、はぁーってため息をついた先輩が、赤い目で僕を見る。
「だってあんな顔見ちゃったから、自分は全然愛されてなかったって再確認させられたもん。ただ近くにいて、片思いしてただけだったんだって。…先輩はたぶん、ずっとずっと、あんたのことが好きだったんでしょ?」
強い目に気圧される。
でも僕はその目をまっすぐ見返して、小さく頷いて応えた。
「…そう、言ってくれました…」
さっきから心臓がドクドクいってて、上手く声が出てこない。
心の奥の方から、悪いものがゆっくりと湧き上がってくるのを感じた。
「…口惜しい。すごい口惜しいんだけど、なんかもうそれも突き抜けちゃったっていうか…。三島先輩があんたのことすごい大切にしてるって、嫌ってほど分かったしね」
ピンク色の唇を歪めた先輩が、ほんの少し低い位置から僕を睨む。
僕は唇を噛んでその視線を受け止めた。噛んでないと口元がにやけてくる。
「ということで愚痴終わりっ。もう声かけたりしないから、あんたもあたしが愚痴ってたこと先輩に言わないでよっ」
分かった?って言われて、はい、って応えた。
「じゃあね。時間取らせて悪かったわね」
「いえ」
僕に背を向けて、スタスタと歩いていく先輩の後ろ姿を見送った。
里田さんが心配気な顔でこっちにパタパタと走ってきた。
「高山くん、大丈夫?何言われたの?」
「愚痴…を聞かされただけだよ。大丈夫。ありがとう、里田さん」
眉をへにょっと歪めてる里田さんに笑いかけると、里田さんはほっとしたように口角をキュッと上げた。
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