第61話

 学校に行くのが、ちょっと怖い。


 朝、りっくんから「おはよう。大丈夫か?」ってメッセージがきて、「大丈夫」って返したけど、ほんとは嫌な感じでドキドキしていた。

 昨日りっくんが結んでくれたネクタイを慎重に元の形に戻して、りっくんのベストを着て『武装』した。


 いつもの時間に家を出て、いつもの電車に乗るためにホームに向かった。

 里田さんとは、特に約束をしてるわけじゃないけど、たいてい同じ電車で登校している。

 でも今日は会えないかもって思った。

 昨日の僕とりっくんを見て、里田さんに距離を取られる可能性もあるって、朝になって気付いた。


「おはよー、高山くん。体調はもういいの?」

 後ろから、ポンと肩をたたかれた。

「お、おはよ、里田さん。おかげさまで大丈夫…」

 いつもの笑顔で里田さんが声をかけてくれてホッとした。


 良かった。普通に話しかけてくれた…。

 嫌なドキドキが少しだけマシになった。


「…ちょっと表情硬いね、高山くん。…学校、怖い?」

「え…」

「女子の連絡網、ナメちゃだめよ、高山くん」

 里田さんがにやりと笑った。

「絶対、じゃないけど、女の子って好きな人に言われたことは守るから、大丈夫だと思うよ。みんな三島先輩に嫌われたくないだろうし」

「里田さん、あの…」


「ねぇ高山くん。家庭教師のオプションで、『お迎え』ってあんま聞かないよね」

 そう言われて、僕は言葉に詰まって里田さんを見返した。

 里田さんが僕を見て、今度は少し淋しそうに笑った。


「…高山くん、三島先輩と付き合ってるんでしょ?そのベスト着てきた時にすぐ気付いたよ。前の日までの高山くんが蕾だったとしたら、一気に満開ってくらいキラキラして可愛かったから。それに、先輩の卒業式で号泣してた高山くんも、中学で先輩の思い出話を嬉しそうに聞いてたのも、時々道で先輩とすれ違う時にチラッと先輩を見てる高山くんも、あたし、知ってたから」

「…あ…」

「あたしはね、いいと思うよ。お似合いだと思ったし。先輩が高山くんのこと大事にしてるの、すごい伝わってきてたもん」

 里田さんの目が少し潤んで、泣きそうに見えた。

 …里田さんも、りっくんのこと好きだったのかな…。


「昨日のことはね、「三島先輩が連れてた子に手を出さないように」っていうのが回ってきてたの。だからたぶん、見られるぐらいで済むと思うんだけどなあ」

 まあでも、見られるのもねぇ、って里田さんが顔をしかめて、僕は頷きながら昨日のあの突き刺さるような視線を思い出してた。


「あたしも一緒に浴びてあげる。嫉妬の視線」

 里田さんが、ふふって笑って僕を見た。また少し、心が軽くなる。


 いつも通りの混み合った電車が到着して、押し込まれるように乗車した。

 学校の最寄駅に着いたら、早速肌がちりちりするような感覚がした。

「うわー。なんかいつもと違う感じで視線がイタイね」

「え?」

「だっていつもそれなりに見られてるでしょ?高山くん可愛いから。…やだ、気付いてなかったの?」

 里田さんがちょっと呆れたような表情で僕を見た。

「…うん」

 首をすくめて里田さんを見返したら、しょうがないかー、みたいな顔をされた。

「まあでも、そっかぁ。日常すぎて分かんないか。あたしも慣れてきちゃったし、高山くんといるようになって」


 値踏みするような視線と、「あの子あの子」っていう声があちこちでする。

 ある程度の覚悟はしてたのと、里田さんがいてくれるので耐えられた。


 もうすぐ予鈴が鳴る、という頃に神谷が教室に入ってきて、僕の席までやって来た。

「おはよ、高山。身体はもういいのか?」

「お…はよ、神谷…」

「おはよー、神谷くん。声かけてこないかもって思ってたけど」

 里田さんがカバンを肩にかけながら神谷を見上げて言った。

「…部長に言われたんだよ。高山が面倒なことになるかもしれねぇって。だから…」

「やさしーね、神谷くん。じゃ、あたし教室行くから」

 里田さんがうちのクラスから出て行って、予鈴が鳴った。神谷は僕を見下ろして、そして自分の席に向かった。


 里田さんが言った通り、見られる以上のことは何もなかった。…裏で何を言われてるかは分からないけど。

 りっくんがいつものように時々メッセージを送ってくれて、それも心強かった。


 まあまあ平和に1日が終わったけど、何気に放課後が怖い。

 神谷は部活に行って、里田さんは「今日は部活ないから」って言って、一緒に帰ることになった。


 昇降口に向けて廊下を曲がった所に、昨日のボブヘアの先輩がいて、びくっとして足が止まった。

 

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