第58話

 先生にサヨナラを言って廊下に出たら、女の子がいっぱいいてびっくりした。


「三島先輩…っ、あの…っ」

 ロングヘアの綺麗な女の子が、上目遣いでりっくんを見ながら声をかけてきた。

「ごめんな、今無理」

 りっくんは、冷たい、とまではいかないけれど、素気無すげない返事を彼女にした。


 すごい視線を感じる。突き刺さるみたいな。


 りっくんは僕の荷物を全部持ってくれてて、僕にちらちらと視線を向けながら隣を歩いていた。

 玄関を出て、校門までの間にも女の子のグループがいくつもできていた。

 その中に、見たことのある顔がいるような気がした。


 みんながりっくんを見てる。

 そして隣を歩いてる僕を見てる。


 ナニアノ子。三島先輩トドウイウ関係?


 みんなの視線がそう語ってる。


 パタパタという足音が、後ろから聞こえてきた。

「三島先輩!ねぇ、その子誰?」

 ボブヘアの女の子が走ってきて、りっくんを見上げて訊いた。『3−4』のクラスバッジを着けてる。


 可愛い。それに…タメ口。

 元カノ、とか…?


 校門前にタクシーが停まっていた。りっくんが運転手さんに声をかけて、後部座席のドアが開いた。


「…この子は俺の大事な子。…弟、みたいな…」

 乗って、と促されてタクシーに乗り込んだ。

 …弟…か…

「この前も迎えに来てたよね。弟にそこまでするの?」

 声にトゲがある。りっくんのため息が聞こえた。


「…弟を、溺愛しちゃいけない決まりでもあんの?」

 どん…っと、心臓が強く打った。


 …溺愛…


「この子に何かしたら許さないよ、って、他のやつらにも言っといて」

 低い声で言い切ったりっくんが、するりと座席に乗り込んできた。

 ドアがバタンと閉められる。

 僕は呆然とりっくんを見ていた。

 りっくんが僕の方に腕を伸ばして、覆い被さるようにシートベルトを取って、苦しくないように丁寧に締めてくれる。

 その様子を、外にいる女の子が見ていた。


「気持ち悪くなったりしたら、すぐ言うんだぞ?」

 僕の頬を指の背で撫でながらりっくんが言った。

 僕は頷くことしかできない。どんどん顔に熱が集まっていってる気がする。


 りっくんが自分のシートベルトを締めたところでタクシーが発車した。

 運転手さんが行き先の確認をして、りっくんが「はい」と応えた。

 車は普段通学に使うのとは違う道を滑らかに進んでいく。


「…ごめんな。騒がしくなって…」

 ポツリと、りっくんが言った。

「…ううん。しょうがないよ。それに、保健室まで来てって言ったの、僕だし」

 まだドキドキしながら、隣に座ってるりっくんをちらっと見た。


 わ

 目が合っちゃった…っ


「…つーか、俺の行いが悪かった結果だし、あんなん」

 ふーっと大きなため息をついて、りっくんが俯く。

 中学高校時代のりっくんの彼女は、僕が顔を覚える前にどんどん変わった。

 あそこにいたのは、元カノたちと次を狙ってた女の子たち、だったのかな。


「最後に喋ったあいつ、一応それなりに影響力があるっつうか、まあカーストの上の方だから、他のやつのこと止めてくれると思いたいんだけど」

 りっくんの手が、シートの上の僕の手に重なった。

「何かあったらすぐに俺に言えよ?お前は何にも悪くないんだから」


 再び僕をじっと見つめて、りっくんは僕の手に重ねた大きな手に、ゆっくりと力を込めた。

 指と指の間に、りっくんの長い指が差し込まれていって、ぎゅっと握られた。

 ひゅっと息が止まる。顔も、繋いだ手もすごく熱い。

 りっくんが、親指で僕の小指をゆっくり撫でた。


 ぞくぞくする


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