第57話

「うん、ありがと。そこ置いといて。…それにしても」

「なんだよ」

 その隙間から、ペットボトルの処理をしてるりっくんが見える。

 先生は見えない。声だけ。


「君はほんとに、3年間ここに通ってた三島律くんなの?」

「は?」

 怪訝な表情をした、綺麗な横顔。

「ていうか、あれかしら。『律くん』と『りっくん』は別人なの?」

「…うるせぇよ。いいだろ、別に」

 眉間に皺を寄せて、先生を睨んでるりっくんの頬が色付いていく。

「やだぁ、かわいー、三島くん。冷めた子だなーって思ってたけど、ずっと。違ったのね、ほんとは」

 先生のくすくす笑う声が聞こえる。りっくんがペットボトルをゴミ箱に乱暴に捨てて、ずんずんとベッドの方に歩いてきた。

 やっぱり頬が赤い。


「空、大丈夫そうなら帰ろうか。タクシー呼ぶから」

「え?タクシー?」

「歩くのしんどいだろ?電車、座れねぇかもしんねぇし」

 そう言いながら、僕の荷物をまとめていく。

「どう?車乗れそう?まだ無理?」

 心配気な顔で僕を見るりっくんを見返した。


 ほんとにりっくんは、僕だけのりっくんなんだ…


 手を伸ばして、りっくんのシャツを掴んだ。

「…帰る…」 

 りっくんと。

「ん、分かった。帰ろ」

 また、りっくんが僕の頭を撫でてくれる。


「高山くん、帰る前にこれ書いて」

 シャッてカーテンが開いて先生が入ってきた。僕はびくっとしたけれど、りっくんは僕の頭を撫でながら先生の方を振り向いた。

 先生は紙の挟まったクリップボードを差し出してる。それをりっくんが受け取った。


「あー…、利用カードね、はは、懐かしー」

 りっくんが目を細めて言う。

「懐かしむほど前じゃないでしょ。しょっちゅう書いてたけど」

 先生がりっくんにボールペンを渡しながら言った。

「いや、そうじゃなくて…」

 ボールペンを受け取って僕の隣に座りながら、りっくんが僕をじっと見た。

 僕もりっくんを見返す。


『あ、そうだ。利用カード、俺書いとく。クラスと名前は?』


 僕が小学校1年生で、りっくんは4年生。

 あの時からりっくん、優しかった。


「はい」って手渡されたクリップボードを受け取って、でももう一回りっくんに向けた。

「…書いて、りっくん」

「ん?いいよ?」

 りっくんの手で、サラサラッと書かれていく自分の名前を見ていた。

 右肩上がりの、堂々とした綺麗な字。


「…利用カードに、何かあるの?」

 先生が不思議そうな顔で訊いてくる。

「内緒、な、空。はい先生」

 りっくんが先生にクリップボードを差し出した。

「やだ、そんなイケメン笑顔で言わないで。気になるじゃない」

 ボードとボールペンを受け取りながら先生が笑った。

「んなこと言われてもこういう顔なんだよ。しょーがねぇじゃん」

 な?って僕の方を向いたりっくんが、すっごく格好よくてうろたえた。

 そんな僕を見て、りっくんはくすっと笑って、口の動きだけで「かわいー」って言った。

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