第56話

 ううん、って首を横に振って、もぞもぞとハーフパンツを下ろしていく。ベストが大きいから脱いでも下着は見えなかった。膝の辺りまで脱いだら、りっくんが手を添えて下ろしてくれた。そしてスラックスを履かせてくれる。

 

 恥ずかし…

 でも…うれしい…


 りっくんに掴まって立ち上がって、スラックスを上げた。さすがにそこは自分でやった。

「空はシャツは入れる派?」

「あ、うん。夏は出しちゃうかも。りっくんは出す派だったよね」

 見てた。すれ違う時とかに。

「うん、そうだった。つか、そっか。空、上履きないんだな」

「うん、そう。あ、帰る時外靴持ってかないと」

「OK。あ、空座ってな。これの残りも飲んで」


 そう言って、僕にペットボトルを手渡してくれたりっくんは、手早く僕の体操服を畳んでナップサックに入れてくれた。それから神谷が持って来てくれたカバンを僕の前に持ってきた。

「中、見て。忘れ物とかあったら取ってくるし」

「え?りっくんが?」

「そう俺が。教室とか分かってっから、席教えてくれたら行けるし」

「あ、そっか、卒業生だもんね。分かるよね」

 そうだそうだ、って思いながらカバンの中を見た。


「教科書入ってない。神谷持って帰んないんだな」

「教科書全部?」

「ううん、中間で使うやつだけ」

 OKって言ったりっくんに、クラスと席を伝えたら取りに行ってくれた。

 足音が遠ざかっていく。


「高山くん、いい?」

 カーテンの外から先生の声がした。

「あ、はい…っ」

 シャッてカーテンが開いて、先生が顔を覗かせた。

 そして僕をじっと見る。


「体調、良くなったみたいで良かった。…それにしても、すっごい可愛がられてるのね、三島くんに」

「え…、あ…」

 なんて応えたらいい?


「走って来るとか、ほんと意外だったし、あんなに人の世話焼くなんて知らなかったからびっくりしたわ」

「…え?そう…なんですか?」

 僕なんかりっくんに世話焼かれっぱなしなのに。


 先生が僕の方を流し見て、ふふって笑った。

「身体測定の時、高山くんの名前見て、あれ?って思ったの」

「…あ…」

 言われた。珍しい名前ねって。


「あのね、三島くんね、時々ここでサボってたのよ。頭痛い、とか言ってね、寝に来てた。それで…、いつだったかに寝言、言ってたの。…そら、って…」

「…え…?」

「寝言言うほどぐっすり寝るの、どうかと思うでしょ?保健室で」

 先生はくすくす笑いながらカーテンを閉めた。


 寝言…って…

 また、心臓が跳ね始める。

 周りから少しずつ聞かされる、僕の知らなかったりっくんのエピソードが甘すぎて頭がじんじんする。


 ペットボトルを開けて、ぬるくなったスポーツドリンクを飲んだ。

 トン、って一回だけのノックの後ですぐ戸が開く音がした。

「速いわね、三島くん。4階まで行ってたんでしょ?エレベーター使った?」

「使わねぇよ。つかこんなもんだろ。空、持ってきたぞ」

 

 カーテンが少し開いて、りっくんが滑り込むように入ってきた。

「これでいい?」

 りっくんが、持ってきた教科書の背表紙を、僕の前に揃えて差し出して見せてくれる。

「うん。ありがとう、りっくん」

「じゃ入れとくな。どう?気分は」


 僕の頭を大きな手が優しく撫でた。

「うん。たぶん…大丈夫」

「そっか、良かった。あ、ペットボトル捨てとく」

 そう言ったりっくんの手の上にペットボトルを乗せた。


「あ、三島くん。悪いんだけどそこの氷のう持ってきてー。冷却枕も」

 カーテンの外から先生に声をかけられて、びくっとしてしまった。

「あー、はいはい」

 りっくんが僕の使ってた枕や氷のうをパパッとまとめて、ペットボトルも乗せて持って行った。

 カーテンが少し開いてる。

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