第55話

「失礼します。高山のカバン持ってきま…」

 神谷が入って来たのが、カーテンの隙間から見えた。神谷の後ろに里田さんもいた。里田さんはりっくんに気付いたみたいで、「あ」っていう顔をしてた。神谷も僕の隣のりっくんを見た。

 みるみるうちに眉間に皺が寄る。


「あら、ありがとう。高山くん、随分良くなったみたいよ」

「…そう、みたいですね…」

 先生の明るい声と対照的な、神谷の低い声。眉間に皺を寄せたまま、ゆっくりと神谷がベッドの方に近付いてくる。里田さんも神谷と一緒に来ていた。


「…高山、カバン持って来たから」

 そう言って、神谷はベッドの足元の方にカバンを置いた。

「ありがと、神谷」

 神谷は僕に、うん、て頷いて、それからりっくんを見た。りっくんも神谷を見上げてる。


 あ、肩抱かれたままだった。

 でも今更動いたらもっと怪しい気がする。

 熱中症でしんどかったからって思ってくれるといいけど。


「…神谷くん、が、空を運んでくれたのか?」

 りっくん、なんか声が硬い。

「あ…、はい。そうっすけど…」

 神谷はりっくんを睨むように見てる。

「ありがとな。空は俺が送ってくから」

「…つか、なんでここにいるんすか…」


 初めて喋るから、とも違う緊張感が漂ってる気がする。

 里田さんが神谷のシャツの袖を摘んで揺らした。


「元々空を迎えに来る約束だったんだよ。だから」

 そのりっくんの返事を聞いた神谷が、唇を噛んで僕を見た。

 ついビクッとする。

 りっくんが僕の肩を抱いてる手に力を込めた。

 神谷が僕から目を逸らした。


「…じゃ、オレ部活行くわ。またな、高山。気を付けて帰れよ」

「あ、うん。色々ありがとね、神谷。あ、里田さんも」

 神谷は目を逸らしたまま「いや」と言って、そのまま保健室を出て行った。

 里田さんは「お大事にね」って言って手を振って出て行く。


「…空、もっと飲む?」

 りっくんが僕を覗き込むように訊いた。

「あ、ううん。今はもういい」

「ん。じゃ蓋するから」

 そう言って出された手にペットボトルを渡した。りっくんがキュッと蓋を閉めて、元々置いてあった所に戻した。

 そっか、蓋、ずっと持っててくれたのか。


「どう?着替えとか、できそう?」

「あ、うん。たぶん…」

 僕がそう応えたら、りっくんが僕の肩から腕を離した。そして立ち上がる。


 行っちゃうの…?


 見上げた僕を、りっくんが微笑んで見下ろした。そして大きな手で、僕の頭をサラリと撫でた。

 ベッドから離れていくりっくんの背中を見ていたら、りっくんはカーテンを内側からきちんと閉めて僕の方に戻ってきてくれた。

 ベッドの横のカゴの中から、僕の制服を出して並べる。

 シャツとネクタイとスラックス、それに、りっくんのベスト。


 りっくんが僕の体操服に手をかけた。裾からするすると上に脱がされていく。

 僕はされるがままに腕を上げた。

「…目の毒…」

 ぽつりとりっくんが言った。

「え?」

「なんでもない。腕、通すよ?」


 袖に腕を通してくれて、ボタンを一つずつきちんと留めてくれる。大きな手がネクタイを結んでくれるのを、じっと見ていた。

 オフホワイトの大きなベストをすぽっと被せられて、上半身は出来上がり。

 

 ベッドから足を下ろしてハーフパンツを下ろそうとして、この前の土曜日のことを思い出してしまった。


「空?」

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