第54話
「スマホ使うのは大丈夫?気持ち悪くて無理、とかない?」
「大丈夫…だと思います」
「そっか。うん、じゃあ帰りは大丈夫、っと」
そう言った先生は、なんかちょっとウキウキした感じでカーテンを閉めた。
先生もりっくんのファンだったのかな。
そもそも「三島」ってそんなすごい珍しい名字じゃないと思うけど、先生はすぐ分かったみたいだった。
やっぱり高校くらいの規模になっても、りっくんは目立ってた、ってことかな。
寝転んだまま、スマホを顔の前に上げて、りっくんにメッセージを送った。
ーーー軽い熱中症になっちゃったから保健室まで来てほしいです。
腕上げるのダルい。
胸の上にスマホを置いてたら、ブブッて震えてびくっとした。
ーーマジで?すぐいく
あ、慌てなくていいのに
でも、慌ててくれるのは、うれしい
掃除の時間になって、カーテンの外では足音や箒の音、話し声なんかがしてた。僕はそれを横になったままぼんやり聞いてた。
また校内が静かになって、そして騒がしくなった。
ホームルームも終わった…のかな?
カーテンが閉まってるから時計が見えない。スマホで見るのも面倒くさい。
そう思っていたら、バタバタという足音が近付いて来るのが聞こえた。
そしてノック、とほぼ同時に戸の開く音がした。
「先生、空は?!」
りっくんだっ
荒い息遣いが聞こえる。
「あ、やっぱり『三島先輩』は三島くんだったのね。高山くんはそこ。そのカーテンの中。ていうか三島くん走ってきたの?」
「…ん、まあ…。空、入っていい?」
カーテンに、背の高いりっくんの影が映る。
「うん」
僕の返事を待って、シャッてカーテンが開いた。
りっくん汗だく…っ
「空、大丈夫か?熱中症って…」
りっくんが僕の頬に手を伸ばした。
「りっくんこそ脱水症状になっちゃうよ…」
「俺は平気だよ。なに?体育で倒れたのか?」
僕の体操服を見てりっくんが言った。
「そうよ。6時限目の体育。クラスの男子がお姫様抱っこで担ぎ込んできたの。はい、三島くん。タオル貸してあげる」
先生のその声で、りっくんが振り返った。先生はにっこり笑って白いタオルをりっくんに差し出してる。向こうを向いてるから、りっくんの顔は見えない。
「…あっそ。サンキュ、タオル借りる」
りっくん、先生と親しかったのかな。
タオルを受け取って、乱暴に顔を拭きながら、りっくんはまた僕の方を向いた。
なんか…、不機嫌、とも違う表情。
…口惜しい…、っていう感じ…?
なんで…?
「空、気分は?まだしんどい?先生、病院は連れてかなくて平気?」
「ええ、大丈夫だと思うわ。意識もはっきりしてるし。もうちょっと休んで水分摂ったら、ゆっくり送ってあげて」
「そっか …。良かった…」
大きなため息をついて、りっくんがほっとした表情になった。
「あ、水分ってこれ?スポドリ。飲んでないじゃん、空。まだ飲めない?」
「…のむ…。のどかわいた…」
やっと起き上がれそうな気になった。…りっくんが来てくれたから。
「うんうん。じゃ、起こすから。これはもういい?」
氷のうを持ち上げながら訊いてくるりっくんに、うん、と頷いて応えた。額と脇にのせてあった氷のうをどかして、りっくんがゆっくり僕を抱き起こしてくれる。走ってきたりっくんの身体は熱くて、冷えてきた肌に心地いい。
ベッドに腰掛けたりっくんは僕を支えたまま、ペットボトルの蓋をプシュッと開けてくれた。
「だいじょぶ?持てる?」
「うん」
手渡されたスポーツドリンクを少し飲んだところで、ノックの音が聞こえた。
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