第53話

 引き戸が開くような音がして、短い階段を昇るみたいな感じがする。

「先生!たぶん熱中症っ!」

「えっ、大変。とりあえずベッドに寝かせてあげて。靴のまま上がっていいから」

 

 保健室、か。クーラー入ってんのかな、ちょっと涼しい。

 先生が僕の靴を脱がしてくれて、神谷がゆっくりと僕をベッドに下ろした。

「高山、大丈夫か?」

「あとは私がやるから、授業に戻って大丈夫よ。ありがとう」

 先生がそう言いながら僕の首の下に冷たい枕を当ててくれた。


「でも…」

「じゃあ、その隅にある扇風機持ってきて回して」

「はいっ」

 神谷の声と、ガチャガチャいう音がして、身体に風が当たり始めた。

 なんかガラガラ音がして、脇の下とか脚とかにも冷たい物が当てられて、少しずつ気持ち悪さが楽になってきた。


「うん、あとは休ませとくだけだから。ありがとう」

「はい、じゃオレ戻ります」

 足音が遠ざかっていく。引き戸が開いて、閉まる音。


「どう?少しは楽になってる?」

 先生が僕の額の上の冷たい物を少し動かした。氷のぶつかる高い音がする。

 氷のう、かな?

 ああ、さっきのガラガラいう音は氷を出してた音か。


「高山くん?」

「あ…はい…」

 ぼんやりしてた。

「ああ良かった。返事ができるようになったわね。何か飲めそう?」

「え…と、まだ…」

 起き上がりたくない。


「分かった。じゃあ休んでて。ペットボトルここに置いとくわね」

「はい…」

 先生はシャッとベッド周りのカーテンを閉めた。扇風機が回ってるから、カーテンがふわふわ揺れる。それからカチャカチャとモップの動くような音がしてた。それも止んで少ししたら、6時限目終了のチャイムが鳴った。


 校舎の中がざわざわしてきて、廊下を歩く足音が聞こえる。

 コンコンとノックの音がした。

「失礼します。高山の着替えとか、持ってきました」

 神谷だ。


「あ、ありがとう。じゃ、ベッドの脇のカゴに置いてあげて。たぶんホームルームは無理だから担任の先生に伝えてもらえる?」

 クリーム色のカーテンがそろりと開いて神谷が覗いた。

「はい、分かりました。高山、着替えここに置くから。カバンも後で持ってきてやるよ」

 神谷が心配気な表情で僕を見た。

「うん。ありがと、神谷」

「ん。ちょっとマシになった感じか?良かった…」

 微笑んだ神谷が僕に手を伸ばしてきて、指の背で頬を撫でられた。

「じゃな」

 そしてまたカーテンが閉められた。ふわーっとカーテンが揺れる。


 だいぶ良くなった、気がする。

 身動みじろぎすると氷のうがカラカラと音を立てた。

「高山くんどう?開けていい?」

「あ、はい」

「まだ休んでて全然いいんだけど、帰りどうする?お迎え誰か来られるなら来てもらった方がいいと思うけど」

 先生が顔だけカーテンの中に入れて訊いてくる。

「…おむかえ…、あ…」


ーー明日はまた南門まで迎えに行くよ。

「…先生、お迎えって、親…じゃなくてもいいですか…?」

「ん?親戚とか?」

「じゃなくて…、ここの卒業生なんですけど、元々迎えに来てくれることになってて…」

 言いながら、ちょっとドキドキしてくる。

「ふーん。まあ、それなら…、いいんじゃないかしら?っていうか誰が来るの?」

「え…、あ…り、三島…先輩…」

 先輩、なんて呼んだことないけど一応付けてみた。


 下がってきた体温が、また上がっていく感じがする。

 特に顔…っ

 おでこに氷のうがのってるから、あんまり動かせなくて隠せない。

「あ、あー…、三島くんね。うんうん、分かった。じゃ来てもらって」

「…はい」

「あ、スマホ、荷物の中かしら。起きるのしんどいなら取ろうか?」


 神谷が持ってきてくれた着替えとかの入ったカゴの横に先生がしゃがみ込んだ。

「じゃあ…、ナップサックの中に入ってるので…」

「うんうん。えっと…あ。えーっと、あったあった。はい」

「ありがとうございます」


 手渡されたスマホを持ってお礼を言うと、先生が僕を見て「ふーん」みたいな、「うんうん」みたいな顔をした。


 なに…?

 

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