第39話

 火曜日の夜にりっくん家のコンビニに行ったら、りっくんに「危ないから、夜一人で出歩くんじゃないよ」って叱られた。

 レジで会計をしながら「めっ」って感じで睨まれて、「ごめんなさい」って言いながら面映おもはゆかった。


「家に着いたらメッセージ入れること、いいね?」

 ミントタブレットにテープを貼って渡してくれながら、りっくんが僕をじっと見て言った。他にお客さんは、雑誌を立ち読みしてるおじさんと、ATMにお姉さん。

「はい。します」

「絶対だぞ?…ほんっと、顔見れんのは嬉しーけど心配がデカすぎる…」

 りっくんがふぅってため息をついた。

「空は可愛いんだからさ、マジで気を付けて帰れよ?」

 心配、という文字が貼り付いているような顔をして、でもりっくんはすごく格好いい。


 この格好いいりっくんを、『りっくん』って呼んでいいのは、僕だけ。


「うん。急いで、気を付けて帰るね」

 誇らしいような気持ちで、バイバイって手を振って、速足で帰った。玄関に入ってすぐに「帰りました」ってりっくんにメッセージを送った。ほどなくして、りっくんから「了解」っていうスタンプが届いた。


ーーー心配かけてごめんなさい。でも、どうしてもりっくんに会いたかったから。

 さっき言えなかったことを、メッセージで送った。

ーー俺も同じ。いつだって空に会いたいよ。

 きゅんとして画面を見て固まってしまった。

 でも玄関でスマホ見て固まってるのはおかしい。

 早く部屋入ろう。


 リビングを通ったら、父と母が雑誌を広げて旅行の話をしていた。

「あ、空おかえり。空は向こうで何が食べたい?」

 ここはちゃんと楽しみにしてるようにしとかないと。

「えっと、ほら、ビンに入ったプリンあったよね。あれ食べたい」

「うん、載ってる載ってる。これでしょ?美味しそうよね」

「お父さんは寿司が食べたいなぁ。海だし」

 

 ポケットの中で、またスマホが震えた。

 りっくんかな?

 早く見たい。でもここでは見られない。

 だって、りっくんのメッセージを見た時に、どんな反応しちゃうか自分でも分かんないから。


「海鮮が有名だけど、お肉の美味しいお店もいっぱいあるみたいよ。やっぱり空はお肉がいい?」

「あ、うん。どっちも」

 危うく「どっちでも」って言いそうになった。「で」が入ると途端に気のない返事になってしまう。「あら、気乗りしないの?なんで?」なんていう展開は避けたい。

 

 雑誌を捲りながらひとしきり旅行の話をして、ようやく自室に戻れた。

 ドアを閉めながらポケットからスマホを取り出す。

 やっぱり、りっくんからだ。

ーーうるさく言ってごめんな。でも心配なんだよ。

 さっきのコンビニでのりっくんの顔を思い出した。


 一応僕も男だから、夜少し出かけるくらい、母ももう表面上はそんな心配気な顔はしない。前に母が父に「空ももう大きいんだから、心配心配言うのも良くない」って言われてるのをドアの外から聞いた。だからこんなストレートに心配されたり、叱られたのは久しぶりで気恥ずかしい。


 …それに、…なんかすごい嬉しい


 好きな人に心配されるのは、親にされるのと全然違う。

 もちろん両親のことは好きだけど、でも親に言われたら「分かってるよ」って思うことも、りっくんに言われたら胸が熱くなる。

 こんなに僕のことを想ってくれてるって思って、嬉しくなってしまう。


 …もっと、心配してほしくなる。

 もっともっと、僕のことだけ考えてほしくなる。


 僕が、りっくんのことばっかり考えてるみたいに。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る