第38話
「今日はさ、指導に来てくれてんの。わざわざ、ゴールデンウイークに」
佐藤先輩が笑いながら言うと、直樹くんが佐藤先輩を羽交い締めにした。
仲良さそう。
「あ、それ、そのベスト、律のだろ。懐かしー、ほんのこの前だけど。空が着るとかわいーな。って、あ、空って名字は…」
直樹くんが何かに気付いたみたいな顔をして訊いた。
「高山、です」
「高山か。あ、おれはね、
「え?」
僕の方に少し屈んで、にっと笑って言う。短い髪に焼けた肌。
「あいつが嫌がりそうだから。空って呼んでたら」
「え…?あ…、りっくん、が…?」
他に思い付かない。
直樹くん…岡林先輩が、うんうんって頷いた。
「そう。『りっくん』がね、嫌がりそうだからさ。…なあ高山、知ってる?」
岡林先輩が僕の頭にポンと手をのせた。
「あいつを『りっくん』って呼んでいいの、高山だけなんだよ?」
「え…?」
じゃあな、って去って行く岡林先輩と佐藤先輩の後ろ姿が小さくなるまで見送ってしまった。
『りっくん、って高山くんのオリジナルだったんだね』
先日佐藤先輩に言われた言葉が蘇ってきた。
りっくん、は僕だけ…?
みんなが呼びそうな、ごく普通のニックネームだと思う。
ああ、でも、僕がりっくんから逃げた日、あの時のりっくんの彼女はりっくんを『三島くん』って呼んでた。
りっくんは、僕以外の人が『りっくん』って呼ぶの禁止してた、ってこと…?
うわあああああああ
僕は叫び出したい気持ちで走り出した。
学校の南門を抜けて、見慣れてきた通学路を全速力で駆けていく。
この道をこんなスピードで走ったことはない。
初めて見る景色みたいだ。
駅が見えてきた。
もう足がもつれそうだし息もすごく苦しい。
駅舎の端の方、人のいない所まで走って、
りっくんを『りっくん』って呼んでいいのは、僕だけ。
はぁはぁと息を吐きながら、笑いそうになってくる。
苦しいのに、顔がにやにやする。
『好きだよ、空。ずっとずっと好きだった』
耳の奥で、りっくんの声が聞こえる。
『5年越しだぞ?』
低く甘い、蕩けるようなりっくんの声。
『空』
りっくんに名前を呼ばれると、いつだって嬉しい。
大好きな人が、ずっと前から自分のことを特別扱いしてくれてたなんて…。
くすくす笑いながら、でも涙も溢れてくる。
壁の方を向いたまま、止まらない涙を手の甲で拭い続けた。
悲しくて涙が出る時は、頑張って楽しいこととか考えて止めるけど、嬉しくて泣けちゃう時はどうしたらいいんだろう。
だって嬉しいから、別のことなんて考えたくない。
早く泣き止まないと帰れない。
でも、りっくんのことばっかり考えていたい。
格好よくて僕に甘い、りっくんのことを想っていたい。
できることなら僕は、寝ても覚めても、りっくんのことだけ考えていたい。
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