第37話

「高山、土曜の用事って三島先輩と出かけることだったのか?」

 月曜日の朝、教室で里田さんと喋ってたら、不機嫌全開の顔をした神谷が朝練を終えて入ってきた。カバンを持ったまま、まっすぐ僕たちの方に来る。

「え、あ、…うん。参考書買いに…」

「えっ、三島先輩一緒に選んでくれたの?いいなー、高山くん」

「うん。一揃い、アドバイスしてもらいながら買ってきた」

「嘘だろ、そんなん。高山あの時、そんな荷物持ってなかったじゃん」

 じろりと見下ろされてびくっとした。


「え…っと、あの…、持って、くれたから…」

「わっ、三島先輩やさしー!」

 里田さんがびっくりしたように呟いて、神谷はますます眉間に皺を寄せた。

 …やっぱ言っとこう、りっくんのこと。


「あのね、りっくん、僕の家庭教師してくれることになって…。それで参考書一緒に買いに行ってくれたんだ」

 大丈夫。嘘じゃない。

「えー。三島先輩が家庭教師?ドキドキして勉強にならなそう」

 里田さん、正解。

 神谷が何か言おうと口を開きかけたところで予鈴が鳴った。神谷が舌打ちして踵を返して、里田さんは「またね」って言って教室を出て行った。


 昼休みは、神谷が学食に行ったから里田さんと平和に過ごした。

「高山くんは部活どうすることにしたの?」

「んー。部活は入んないかも。特別やりたいことないし」

 今活動日に水曜が入ってなくても、今後ずっとそうとは限らないし。

 それに、この前みたいに突発的にりっくんに会えるってなった時に、みすみすそのチャンスを逃したくない。


「うんうん、そっかー。あたしはどうしよっかなー。やっぱ園芸部入ろっかなー」

 今日は無糖の紅茶を飲みながら里田さんが言った。「ちょっと太ったの」って言ってたけど、全然そんな風には見えないのに。


「それにしてもさ、最近神谷くん機嫌悪いよね。なんかいっつもイライラしてるし。…あれさ、原因は三島先輩だよね」

「え…」

 ドキッとして里田さんを見た。

「よく思い返してみたら、神谷くんの眉間に皺が寄りっぱなしになったのって、高山くんと三島先輩がお友達復活してからなのよね」

 里田さんが意味ありげな視線を僕に向ける。

「う…ん。そうだね。早く機嫌直してくれるといいんだけど…」


「…それは無理かなー…」

 里田さんの掠れた呟き。

「え?」

 さっき里田さん何て言った?声小さくて聞こえなかった。

「可愛いのも罪よね、高山くん」

「え?」

 分かんないよ、里田さん。


 神谷が教室に戻ってきたのは、昼休み終了の予鈴が鳴った後だった。

 怖い顔して話しかけられてもやだけど、これはこれでなんか避けられてるみたいな気持ちになった。


 放課後になって、神谷はさっさと教室を出て行ってしまって、里田さんも「ちょっと園芸部見に行くー」って言うから一人で帰ることにした。

 5月に入って、放課後でもまだまだ気温も太陽の位置も高くて、シャツにベストでちょうどいい感じ。眩しいなぁって思いながら俯いて歩く。


「あー、高山くんじゃん。今日は一人?」

 この声は、えっと…。

 顔を上げたら、前から佐藤先輩が歩いてきてた。それと…。

「おお、久しぶりー、空。おっきくなったなぁ」

「あ、えっと…、直樹くん…?」

 りっくんの友達。小学校からの。

「そうそう、覚えてた?おれもここの卒業生なんだー。で、陸上部の元部長」

 直樹くんはそう言って、えっへん、って感じで胸を張った。

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