第36話

「…いや、変なことは言ってない。めちゃくちゃ可愛く可愛いことを言っただけ。で、俺がめちゃくちゃ動揺しただけ」

 ははって笑って僕を抱きしめて、そして頭を撫でてくれる。

「今のはかなりキた。も、可愛くて可愛くて俺どうにかなりそう…」

 

 恥ずかしそうにそう言ったりっくんは、僕を抱きかかえたままベッドまで移動して、すとんと座ると僕を膝に乗せた。今日は横向き。

「こんなことになるなら、ゴールデンウィークどっか休みにしとけば良かった。「彼女と旅行行くから代わって」って言われてさ、次の水曜バイト入れちったんだよなー。後、うちの方も長めに入ってっし」

 

 膝の上の僕を抱きしめて「あーあ」って言ってるりっくんの、拗ねたみたいな顔がかわいい…って、

「あ」

「ん?」

「うち、ゴールデンウィーク後半の木金土、旅行行くんだった。忘れてた…」

 すっかり、キレイに、完全に忘れてた。

「それは忘れなくない?さすがに…」

 りっくんが眉を歪めて笑う。


「だって…、もう、りっくんでいっぱいで他のことなんか…っ」

 また、ぎゅうって抱きしめられた。りっくんは僕を腕の中に閉じ込めて、頭をすりすりと擦り寄せる。


「…なんか空が可愛すぎて俺死にそー…」

「え?え?え?りっくん?!」

 なんで?なんで?って思いながらりっくんを見たら、りっくんは僕を見上げてふわっと笑った。


 …すっごい綺麗…


「こんな可愛くて可愛くて可愛い恋人ができて、俺ほんっと幸せ」

「……っ」

 

 身体中の血管がぶわっと膨張したみたいに、みるみる体温が上がっていくのが分かる。

「うわ、空、なんかあったかくなってきた。ドキドキしてる?」

「ず…ずっとしてる…っ」

 もう普通がどれくらいか分かんないくらい。

「そっかそっかぁ。かーわいいなぁ…」


 身動きもできないほどしっかりと抱きしめられて、僕こそものすごく幸せだ。

「旅行、楽しんできて。会えない間もメッセージ送るし」

「…うん。僕も送る…」

「お!楽しみにしてるよ。つか、まだもちょっと先だけど」

「うん…」


「今度の水曜、会えなくてごめんな?」って言われて、僕も「土曜日会えなくてごめんなさい」って言った。

 そしたらりっくんが「謝んなくていいんだよ」って言ってくれて、そしてまたキスをして、遅くなる前に家に帰った。りっくんは参考書の入ったエコバッグを持って送ってくれた。


「次はゴールデンウィーク終わってから、になるな」

 って言われて、まだ始まったばっかりなのにって思いながら手を振った。

 毎日会えたらいいのにって、ついゼイタクなことを考える。

 あ、でもりっくんがおうちのコンビニにいる日に会いに行けばいいか。

 お母さんに「ただいま」って言って、レシートとお釣りの入った封筒を渡して、でも顔は見られなくてこそこそと自室に入った。


 ベッドにばふんと横になる。

 …キス…した…。りっくんと…。

 思い出せる。りっくんの唇の温度や舌の感触。

 身体の奥の方がぞくっとして、ベッドの上をごろごろ転がった。


 やばい。すぐご飯だから落ち着かなきゃ。

 普通の顔して「やっぱり一緒に参考書選んでもらって良かった」っていう話をしながら、みんなでご飯を食べる。

 くれぐれも余計なことを言わないように。

 変な反応しないように。


 階下から母の「ご飯よー」っていう声が聞こえた。

「はーい」

 ベッドに腰掛けて、大きく息を吸って、吐く。3回繰り返して「よし!」って立ち上がった。


 お父さん、お母さん。隠し事してごめんなさい。

 でも、僕は今、すっごい幸せです。

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