第34話

「空のこと抱きしめたいんだけど、…駄目?」

 腕にしがみついたままの僕に、りっくんが囁きかけた。

「あ…っ」

 僕が手の力を緩めると、するりと腕が抜けて両腕で抱きしめられた。

 

 蕩けるような幸福感…って、たぶんこんな感じ…。

 

 僕もりっくんの厚い身体を抱きしめた。胸に耳を付けると速い心音が聞こえる。

「…なんかそれ恥ずい。すっげドキドキしてるだろ、俺」

 その照れた声も、強い心臓の音と一緒に、りっくんに触れてる所全部から染み込んでくるみたいに聞こえた。

「僕もおんなじくらいドキドキしてるから嬉しい…」

「マジで?よかった…」

 そう呟いたりっくんが、また僕の頭にキスをした。


「空、参考書買った時、なんで泣きそうだったの?」

 大きな手が頭を撫でる感触にうっとりする。

「…だって…。りっくん、5年…って…」

「あー…」

 ふ…って、ため息みたいな、笑ったみたいな声を漏らして、うんうんってりっくんが頷く。その振動を身体で感じる。


「ほんとの長さは正直分かんねぇけどな。無自覚な時から観念した時までは境目が曖昧だし…。だから空を好きな年数はたぶんもっと長い」

 僕の髪をいじりながら、りっくんがちょっと恥ずかしそうに話してくれた内容が嬉しくてまた泣けてくる。

 スンスンと鼻を啜って、ぎゅうぎゅうとりっくんに抱きついた。


 りっくんの告白の中で、僕のことずっと好きでいてくれたって聞いてたけど、5年って数字を出されたら、りっくんの気持ちの大きさに胸が熱くなる。

「だいじょぶ?俺重い?引く?」

 そう問いかけられて、ぶんぶん頭を振った。髪の毛がりっくんのシャツにパタパタと当たる音がする。

「分かった分かった、空。目が回るぞ?」

 言われた時にはもう目が回ってて、くらくらしながらりっくんにもたれかかった。りっくんはくすくす笑いながら僕を抱きしめてくれて、今度は僕の額にキスをした。


 長い指で額にかかる前髪をかき分けて口付ける。そして前髪に触れていた手が、頬を、耳を撫で下ろしていく。

 りっくんの手の熱さが気持ちいい。

 いつまでも、触れていてほしい。

 頬に優しく唇が触れて、ため息が漏れた。

「…やばいね、空。そのため息、すっごい色っぽい」

「え…?」


 片腕でぐいっと抱き寄せられた。

 大きな手が顎にかかって、やんわりと上を向かされる。

 りっくんの右手の親指が、僕の下唇をゆっくりなぞる。

 息の仕方が分からない。

 心臓は、たぶんもうすぐ胸を突き破ってしまうだろう。


「空、キスしたこと、ある‥‥?」

 僕を見つめるりっくんの目元が赤い。

 顎を掴まれたまま、小刻みに首を横に振った。

 不規則に荒くなる息が、たぶんりっくんの指にかかってる。


「空のファーストキス、貰っちゃってもいい‥‥?」


 ひゅっと息を飲んで、りっくんを見つめ返した。

 鼓動が強すぎて視界がゆらゆら揺れて、涙が滲んでくる。

「嫌…?」

 覗き込んでくるりっくんを見つめたまま、ぎこちなく首を横に振った。

 りっくんの、くっきりと綺麗な二重の目が、安堵したように微笑む。


 顎にかけられていた手が、顔の輪郭をなぞり、耳に触れて、髪を梳きながら首の後ろにかかった。

 りっくんの手、おっきい。

 頭をすくい上げられるように支えられてる。


 りっくんがゆっくりと屈み、笑みを刻んだ唇が近付いてきて、僕は目を閉じた。

 胸は張り裂けそうなほど高鳴って、顔は火を噴きそうなくらい熱い。


「好きだよ、空…」

 掠れた声と共に吐息が唇に届いた。

 

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