第33話

 車窓の景色が家の最寄駅への接近を報せていて、アナウンスも間もなくの到着を告げた。

 周りの数人が座席から立ち上がってドアに向かった。僕もりっくんに続いて立ち上がる。まだ電車は動いているから少しふらついてしまって、りっくんが僕を支えてくれた。


 大きな手にしっかりと肩を抱かれて電車を降りた。

 神谷が隣の車両から見てるかもしれない。

 神谷の家の最寄りは隣の駅だから、まだ降りないだろうし。

 月曜に学校で何か言われるのかな。


「空?」

 名前を呼ばれてハッとして、りっくんを見上げた。

「…神谷くんのこと、気になる?」

「っていうか…。神谷、りっくんが絡むと機嫌悪くて、なんでかなあって」

 僕がそう言ったら、最初思案気だったりっくんが、くすっと笑った。


「それは…、そのうち分かるかもしれないし、神谷くんが教えてくれるかもしれないし、分かんねーまんまかもしれないし、だな」

「りっくんは分かるの?」

 なんで?神谷と話したこともないのに。

「まあなんとなく…。つか上目遣いめっちゃ可愛いね、空」

 りっくんが僕を引き寄せながら耳元で囁いた。

 りっくんの声の響きと吐息が、耳から身体の中に入ってくる。


「もう神谷くんのことは置いといて、俺のこと考えてくんない?」


「……っ」

 息が止まるほど心臓がギュンってなって、こめかみがドクドクいい始める。

「空、改札だよ?カード出して?」

「…あ、えっと…」

 どこ入れたっけ、パスケース。全然アタマ働かない。


 人の流れから少し外れた所に誘導されて立ち止まった。

「カードはバッグのここ、な?」

 肩にかけたトートバッグの内側を指差して、りっくんが微笑んだ。

 そうだった。バッグの取っ手にリールを付けて、内ポケットに入れたんだった。

 そんなことも分からなくなってる。

 ゴソゴソとパスケースを出すと、りっくんが「行こうか」って僕を促して改札に向かった。


 なんで改札って一人ずつしか通れないんだろう、なんて当たり前のことに腹を立てながら通り抜けて、僕を振り返ったりっくんの元に駆け寄った。

「ははっ、かーわい」

 破顔したりっくんが僕の肩をぎゅっと抱く。僕はりっくんの背中に手を回してシャツをぎゅっと掴んだ。


 だいすき


 りっくん家までは歩いて5分。5分したら、二人っきり。

 たった5分の道のりが長くて、勝手に足が速く進む。りっくんはくすくす笑いながら、僕の歩くスピードに合わせてくれてる。

 ドキドキする。ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ。


 りっくん家のコンビニが見えてきて、りっくんが少し僕を引き寄せた。

「うちの階段狭くてごめんな?」

 肩を組んだままじゃ昇れないから、りっくんは僕から腕をほどいて、でも僕はりっくんのシャツを掴んだまま階段を昇った。りっくんは昇りながら「うわー」って言ってポケットから鍵を出すと、いた様子でドアを開けた。

 そして僕を抱えるように中に入って、バタンとドアを閉めた。

 片腕で僕を抱きしめたりっくんが、後ろ手に鍵をかける。


「…あのな、空。お前可愛すぎだから」

 ぎゅううっと、苦しいほどに抱きしめられて、頭にちゅってキスをされた。


「来て」

 少し掠れた声と、僕の手を取ったりっくんの大きな手の熱さ。

 心臓が何倍にも膨れ上がったみたいにバクバクしてて、靴も上手く脱げない。 

 モタモタしていたら、りっくんがスッと屈んだ。


「俺の肩に掴まって、空」

 うん、て頷いて肩に手をかける。

「初めて会った時みたいだな。空を転ばせちゃった時」

 あの時みたいに、りっくんが優しく靴を脱がしてくれた。

「…あの時ね、痛かったけど痛くなかったんだ…」

「ん?」


 立ち上がったりっくんが不思議そうな顔をする。

 その腕に腕を絡めて抱きしめた。

「りっくんが、すっごく優しかったから、痛かったけど痛くなかった」

「そっか…」


 ふふって笑ったりっくんが、ゆっくり歩き始めた。

「なんか…そういう話とかも色々聞きたい。空のこと、会ってなかった間のこととかも知りたい」

 りっくんの大きな手が僕の頭を撫でる。それが心地よくて、僕は抱きしめたりっくんの腕に頬を擦り寄せた。

「…僕も、りっくんのこと、もっと知りたい…」

「…かーわいーなぁ、もう…。どーすんの、そんな可愛くて…」

 やばいだろ、って呟いたりっくんが僕を部屋に引き込んで扉を閉めた。

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