第32話

 レストランフロアを回って洋食屋さんに入った。

 りっくんはカルボナーラを頼んでて、僕は鮭ときのこのクリームパスタにした。


「空、この後どうする?もうちょっとウロウロしてく?」

 りっくんがパスタをくるくると綺麗に巻きながら僕に訊いた。

 熱い視線がスッと流れてきて、僕は容易たやすくそれに絡め取られてしまう。

「それとも…うち、来る?」

 カチャッとフォークがお皿に当たった。唇を噛んでりっくんを見返す。

 とくん、とくんと心臓が鳴り始めた。


「…っくん家、行く…」

 ドキドキして、声が上手く出ない。じっと見つめ合ってるうちにどんどん体温が上がっていってる。

 りっくんの綺麗な二重の目が柔らかく微笑んだ。

「…うん。じゃあ、食べたらうち、…な?」

 優しくて甘い低い声に、うん、と頷いて応えた。

「さっきの涙目の理由も、話してもらえる?」

 それにも、うん、て頷いた。りっくんがくすって笑った。

「喋れなくなっちゃうの、かわいーよね、空」

 そう言ってりっくんは巻いたパスタを口に運んだ。

 

 僕はパスタが上手く巻けなくてモタモタしながら食べてた。途中でちらっとりっくんを見ると、「ん?」って感じで僕を見て、そしてにこっと笑う。

 大きな手が、ゆっくりとグラスを持ち上げた。


 こうやって一緒に出かけて、ご飯食べたりするの、すごい楽しい。

 でも…。

 りっくんと二人っきりで話がしたい。誰の目も気にしないでぎゅっとくっついて過ごしたい。


 どんどん欲張りになって、どんどん歯止めが効かなくなっていってる。

 みんな、こうなのかな?

 僕が欲深すぎるのかな?


 帰りの電車は空いてたから二人で並んで座れた。一人分ずつ座席のクッションがなだらかな凹凸になっていて、これがなかったらもっとピッタリくっつけるのにって思った。


 あ。

 一高の最寄駅で、スピードを緩めていく車内からホームを見ていたら、数人の一高のジャージのグループがいた。その中に…。

 神谷、だ。

 目が合った、気がする。でも一瞬だったし気のせいかも。


「どした?空」

 咄嗟に顔を伏せた僕を、りっくんが軽く覗き込んだ。

 ううん、って首を振って顔を上げた時、視界の端にこの車両を追って走って来るジャージ姿の人物が映った。


 …神谷?

 まさか、ね。走って来る必要なんてないし、それに今日用があるとは伝えてある。何の用かは訊かれなかったから言ってないけど、だからと言って追いかけて来る意味が分からない。

 ただ、神谷はりっくんのことになると何故か不機嫌になる。それが面倒くさいから言わなかったのもある。


 りっくんがドアの方に視線を移した。プシュッという音と共に開いたドアから人が降りて、そして乗ってくる。僕も恐る恐る目を向けた。

 

 やっぱり神谷だ。

 肩で息をしながら睨むようにこっちを見ている。

「…神谷くん、目付き鋭いなあ」

 そう言ったりっくんは冷たく微笑んでいて、すごく格好よくて、同時に少し怖かった。


 隣の車両との間の貫通扉が開いて、ジャージ姿の数人がわらわらと入って来た。

「なんだよー、神谷。いきなり走んなよ、お前、はえーし」

「あー、わりい。ちょっと気になって…」

 僕の方を一瞬見た神谷は、すぐ視線を逸らして部活の仲間の方を向いた。

「でももういいから、隣のが空いてっから隣行こうぜ。ごめんなー」

 そう言って神谷は貫通扉を開けて、隣の車両に移っていった。


「空、神谷くんて何部?」

 りっくんが僕に顔を寄せてこそっと訊いてくる。

「陸上部。今日は午前練だって言ってた。あ、そうだ、だからね、この前神谷と廊下歩いてたら、佐藤先輩に「二人って友達なの?」って訊かれたよ」

 電車内は声をひそめて喋るから、至近距離で僕の話を聞いているりっくんにドキドキする。

「そっかそっか。まだ部活ジャージができてねーんだな。にしてもこの前佐藤に会ってて良かった…」

「え?」

 なんで?って思いながらりっくんを見たら、「なんでもないよ」って顔をしてた。

 

 貫通扉のガラス越しに、隣の車両の神谷たちが見えた。

 何人かは座れたみたいで、でも神谷は立っていた。

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