第23話

「ごめんなー、空。俺さ、ずーっと我慢してきたから、ちょっと…」

 僕を覗き込んだりっくんが声をひそめる。

「嬉しすぎて抑え効かない」

 ふふって笑って流し見られて、身体が奥から熱くなってきた。ゆっくり歩いてるのに、心臓は苦しいほど高鳴ってる。


「バイト前にちょっと何か食っときたいから付き合ってもらっていい?」

 改札を抜けながらりっくんが言う。僕がモタモタとICカードを出して仕舞うのを、なんかにこにこしながら見てる。

「あ、うん」

 もちろん。りっくんと行くならどこでも。

 言えないけど、そんな気持ちでりっくんを見上げた。


「かーわいいなー。バイトなかったらこのままうちに連れてくのになー」

 残念、って言いながら、りっくんは僕に階段を先に昇るように促した。

 夕方の駅は少しずつ混んできてる。

 

 りっくんのバイト先のコンビニのある、一高の隣駅で降りるのかと思っていたら、家の最寄りまで行くよって言われた。

「空をラッシュの電車に一人で乗せんのやだからさ」


 電車のドア横の、立っていて一番楽な所に僕を誘導したりっくんが、僕の真横に立ってじっと見下ろしてくるのが気恥ずかしい。

「…りっくん、行ったり来たりになっちゃうのに…」

「んなの全然いいんだよ。俺が空に会いたかったんだから」

 周りに聞こえないように、僕の耳元でりっくんが低く甘く囁いた。

 りっくんの声の入ってきた右耳から、ドキドキ、ドキドキ熱が広がっていく。


 僕も会いたかった。


 そう言いたくて言えなくて、りっくんのシャツの端っこを掴んだ。

 耳元でりっくんが息を詰めた。

「…マジで、連れて帰りてー…」

 吐息混じりの声が、耳にかかる。

 心臓、壊れちゃいそう…っ


 次の駅でまた乗客が増えて、りっくんとの距離が更に近くなった。

 こんなに近いと、くっつきたくなっちゃう。

 昨日みたいに、抱きしめてほしくなる。

 電車が揺れるたびに、肩が、腕が、りっくんと触れる。

 もどかしい…


 家の最寄り駅に着いて、ドアがプシュッと音を立てて開いた。

 りっくんが後ろから僕の両肩に手をかけて、操縦するみたいに軽く押す。肩にかけてる僕のカバンがずるりと落ちかけて、それをりっくんがかけ直してくれた。

「重くね?カバン」

「あ、うん。今日の授業の教科書」

「偉いね、全部持って帰ってんだ」

 階段を並んで降りながら、りっくんが僕に微笑みかけてくれる。

 

 偉いね、なんて言われたら恥ずかしくなる。

 だって…


「…今日、全然、授業頭入んなくて…」

 改札を抜けたら、当たり前みたいに肩を抱かれた。

「それは…、俺のせい?」

「あ…え…っと…」

 チラッと見上げたりっくんの目元が、うっすらと赤い。

「そういうわけじゃ…、ないよ?」

 りっくんのせい、じゃない。誰かにせい、とかそういうのじゃなくて。


 ただ、僕がふわふわしてるだけ。


 

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