第20話
昨日、やっとりっくん家を出ようとしてた時、母からメッセージがきた。
ーー空、今日遅いのね。連絡だけはしてね。
「うわ、お母さんちょっと怒ってる…かも…」
「え、マジで?ごめん空。俺一緒に怒られるから」
スマホの画面を見る僕を背中から抱きしめながら、りっくんが言った。僕は「ね?」ってメッセージを見せて、「これから帰ります」というメッセージと「ごめんなさい」のスタンプを送った。
「わー、やばいやばい。すぐ送ってくな」
りっくんは僕より焦った声でそう言って、ぎゅうっと僕を抱きしめた。
大急ぎで家に帰って、鍵を開けたところで母が玄関に出てくる足音がした。僕の横に立ってるりっくんを見上げたら、きゅっと唇を引き締めて真剣な目で僕を見下ろしていた。
かっ…こいい…っ
うっかりりっくんに見惚れてる間にガチャっとドアが開いて母が顔を出した。「もー空、遅いじゃ…」
「すいませんでしたっ」
文句を言いかけた母が目を丸くして固まった。りっくんが母に頭を下げた。
「俺が、引き留めてました。久しぶりに話して楽しくて、つい遅くなりました。すいませんでした」
「え…あ…、律くん…と一緒だったの…空…」
びっくり顔の母にうん、と頷いて応えた。母は目をまん丸にしたまま、またりっくんを見た。
…お母さん、りっくんのファンだからなあ。
ていうか、母だけじゃなくて、この辺の女の人にりっくんのファンは多い。みんな道でりっくんとすれ違うと、さりげなく目で追ってる。
りっくんが頭を上げて母をまっすぐに見た。母は目を見開いてりっくんを見上げてる。
「今度から、遅くならないようにします。もし遅くなりそうなら事前に連絡しますし、きちんと送って来ます」
もう一度「すいません」と頭を下げたりっくんに、母が慌てた様子で「律くん、律くん」って声をかけた。
「え、えっと、そんな頭下げないで。ちょっといつもより遅かったからどうしたのかなって思っただけだし。それにほら、空もう高校生だし男の子だし」
「でも空、可愛いから…」
言ってから、りっくんが「あ」っていう顔をした。母がプッて吹き出した。
「ありがとう、律くん。また空と仲良くしてくれるの、私も嬉しいわ。律くん一高の卒業生だし、空に色々教えてくれると助かるんだけど」
「あ、はい、もちろん!はい」
りっくんが、ぱぁって光を振りまくような笑顔を母に向けて、母は明らかにうろたえた顔をした。母の頬がほんのりと色付く。
お母さん、女の子みたいになってる。
りっくんの笑顔の威力、すごい。
僕は自分こそドキドキしながらりっくんを見上げた。
「ね、お母さん。これ、りっくんにベスト貰っちゃった」
ブレザーをちらっと捲って、中のオフホワイトのベストを母に見せた。
「あら!まあまあ、いいの?律くん」
「あ、はい。俺もう着ないですし。空に着てもらえたら…」
な、って僕の方に笑顔を向けたりっくんに、えへへって笑い返した。
「なーんか久しぶりって感じしないくらい仲良いわねえ。おさがりまで頂いちゃって、ほんとありがとう、律くん」
母がりっくんに軽く頭を下げて、りっくんが「いやいやいや」って胸の前で手を振ってた。
りっくんが「じゃあまた」って帰るのを母と二人で見送った。
やっぱり慣れてるのかな。今までも彼女の門限過ぎちゃって謝ったりとかしたんだろうな。そう思って僕は唇を噛んだ。
母が、ふーっとため息をついた。
「びっくりしたー…。開けたら律くんがいるんだもん。格好よかったわねぇ。お母さんドキドキしちゃった」
母はりっくんが歩いて行った方を見たまま、両手を重ねて胸に当てて、やっぱり女の子みたいにそう言った。それから僕の方を見て、ふふって笑った。
「空、可愛いから、だって。イケメンはあんなことサラッと言っちゃうのねー」
母が笑いながら僕の頬を撫でた。
…バレた、わけじゃない、よね?
「今そういうユルいシルエット、流行りなんでしょ?よかったね、空」
りっくんのベストをちらっと見て、「さ、晩ご飯にしましょー」って言いながら家に入って行く母の背中に付いて歩きながら、頬が熱くなるのを感じて、僕は顔を上げられなかった。
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