第14話

「テスト発表の期間だった。どうしたって中学の方が小学校より遅くなる。でもどうにか会えないかって。空、どっかで寄り道とかして、ゆっくり帰ってないかなとか思いながら歩いてた。あちこちに固まって道草食ってる小学生がいて、でも空はいなくて、ああもう帰っちまったかって思って、空の家の前を通り過ぎてきたら前からお前が歩いて来た」

「…あ…」

 僕が、りっくん家の方に回り道して帰った日。


『空、なんでそっち側から来てんの?』


 あの時りっくんは不思議そうに僕を見た。

「俺が声かけたら「りっくんに会えたらなって」って言ったじゃん、空。あれ、すっげぇ可愛かった。上目遣いなんか慣れてたのに息が止まりそうだった。…それで、あれ?ってなって…。俺やばいんじゃねーかって、いやいやそんなはずないぞって。空が可愛いのなんか今に始まったことじゃねーし、次会えば今まで通りだって思ったりして。…でももうダメだった」


 りっくんが視線を落として苦笑いを浮かべた。そしてまた一つため息をつく。

「外でさ、空を見かけたらドキーッてしてさ、体温が上がっていくのがありありと分かるわけ。そうなったら声かけるどころじゃなくてさ、顔に出ないようにするのが精一杯っつか、出てないのかどうかも自信なくて…」

 目元を染めて、少し眉間に皺を寄せたりっくんの横顔。その口からこぼれ落ちてくる言葉が信じられない。


「そのうち空の姿を見るのも無理になって…。でもすっげぇ見たいわけ。で、その「見たい」ってのがさ、また「やばいだろ」っていうさ。「違う違う」って「空は弟みたいなもんだ」って思おうとしてた。ちょうどその頃、同じクラスの女子に告白された」

 ふっ、て息をついたりっくんが、ぐっと唇を噛んだ。


 りっくんが、僕から目を逸らすようになった理由。

 違うって思いたかった、の意味。


 とくとく、とくとく、心臓が忙しなく打ち続けていて酸素が足りない。

 りっくんは視線を落としたまま、膝の上で両手を組んだ。

「もうさ、すがるような気持ちだった。自分の気持ちを認めるのが怖かった。それに、女の子は女の子でちゃんと可愛いって思えた。…だから、大丈夫だって、気の迷いだって。彼女を作って、このまま空から離れれば、すぐに忘れられるって思ってた。朝早く出るのやめて、空に会わないように。部活がなくても、わざと遅く帰った。彼女のことは嫌いじゃなかったけど、好きで付き合ってたわけでもないから長続きはしない。でも幸い次はすぐに現れた」


 僕が顔を覚える前に変わっていった、りっくんの彼女。

 

 りっくんは膝に肘を突いて、両手で顔を覆った。

「明らかに友達が狙ってる子以外だったら、告白されたら付き合った。有難いことに校内でも可愛いって言われてる子が告白してきてくれてさ。まあ、ほんと可愛いわけ。だから「よしよし」って思うじゃん。でもばったり空に会うと全然違うんだよな、身体の反応が。心臓ぶっ壊れそうになるわけ。それで、あーもうダメだって。もう認めるしかないって」

 

 りっくんは少し早口でそこまで一気に言うと、何回目かの深いため息をついた。そして伏せていた顔をゆっくり上げた。

 …目元が赤い…。


「認めたらさ、案外落ち着いた。落ち着いたけど、どうしたらいいんだって思って。でもどうしようもないじゃん。誰にも言えない、叶うこともない、気持ちの持っていき先がない、忘れることもできない。しょうがねぇから、とりあえず部活に打ち込んでみたり、悪いと思いながら女の子と付き合ってた。部活引退したらガンガン勉強した。余計なこと考える隙がないように、ちょっと厳しいくらいのレベルの一高を目指すことにした。入ってからも大変だろうけど、その方がいいとも思った。早く高校生になりたかった。ていうか中学を卒業したかった。登下校でうっかり空に会うのが怖かった。…会えば、気持ちが全然冷めてないって思い知ることになるから」


 思ってもいなかった話。

 まだ頭が混乱してて内容が上手く入ってこない。

 僕は浅い息を吐きながら、りっくんの低い声を聞いていた。

 相変わらず心臓は全力疾走してるみたいに跳ねていて、全身の血管が脈打ってるみたいに感じる。


 りっくんが、ゆっくり僕の方を見た。

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