第13話

 カチャッっとドアが開いて、僕はびくりと顔を上げた。

「おいで、空」

 そう言って、りっくんが僕の腕を引いて部屋の中にいざなう。

 逆光で見たりっくんは、髪がキラキラして、彫刻みたいにすごく格好よかった。


 ぱたんとドアが閉まって、二人っきりになる。

 ベッドと机と本棚。机の隅には本が積み上がっていた。

 ここが、りっくんの部屋…。

 思わず息を飲んだ。

 座って、と促されてベッドに腰掛けた。りっくんがすぐ横に座る。そして僕の方に視線を向けた。


「…やっぱかわいーし」

「え…?」

 なんて言ったの?


 りっくんがじっと僕を見てる。

 僕は目を合わせられなくて、顔を伏せてチラチラとりっくんを見た。それなりに知ってるつもりだったけど、こんな表情は知らない。

 なんか視線が熱くて落ち着かない。


「…空は、最近俺を避けてるよね」

「……っ」

 りっくんの視線を痛いほど頬に感じながら唇を噛んだ。

「どして?」

 りっくんが優しい声で訊いてくる。その顔を必死の思いで見返して、戦慄わななく唇を開いた。


「…っくんが、先に…っ」

 僕のこと、避けたでしょ…?


 手を振ってくれなくなった。声をかけてくれなくなった。視線を合わせてもくれなくなった。…この前は話しかけてくれたけど。


 むしろ今、こうして二人で話をしていることが信じられない。

 僕は膝の上で握った拳に視線を落とした。

 りっくんが、一つため息をついた。

「…うん。まあそうだな。俺が先に、空を避けた」

 その言葉で、心臓が抉られるようにぎゅんと痛んだ。


 一度止まっていた涙がまた流れてしまって、顎から膝へぽたりと落ちた。

「あ、うわ、ごめんごめんごめん。でもあの頃はそうするしかなくて…」

 りっくんはベッドのヘッドボードに置いてあったティッシュを箱ごと取って、僕の涙を拭いてくれた。


「完全に言い訳なんだけど、やっぱ…、最初は「違う」って思いたいってのもあったし…」

「…え…?」

 違う…?

「それに、やっぱそうかと思った後は、空に迷惑かけちゃいけないっていうか…。自分で解決っていうか、どうにか収めなきゃって思って…」


 りっくんの言ってる内容がさっぱり解らない。

 僕に迷惑かけるってなに?

 解決?収める?


「はは。なんも解んねーって顔してんな、空。てかほんとお前、その顔は反則」

「…りっ…くん?」

 りっくんの大きな手が、僕の頬に触れた。

「んな可愛い顔して俺の前に出てくんな、…って思ってたよ、ずっと…」

「…え…?」


「まあ、最初っから空は可愛かったけどな。俺が手振ったり声かけたりしたら、お前すっげぇ嬉しそうに笑うから、俺もめちゃくちゃ嬉しくてさ。なんて可愛いんだって思ってた」

 少し目元を染めてりっくんが言う。

「お前、俺の卒業式でボロ泣きしてたじゃん。あれも可愛かった。可愛かったから、思わず抱きしめた。あの時の空の泣き顔がずっと忘れられなくてさ」


 りっくんがじっと見つめてくるから視線を外せない。顔が熱くて涙が滲んでしまってりっくんの顔が潤んで見える。

「空を見かけると嬉しかった。下校は基本部活があって無理だったけど、朝は早めに出るようにしてた。で、部活がなかったらなるべく早く学校を出た。…あの日も、そんな感じで帰ってた」


 あの日…?

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