第12話

 登下校の途中、駅近辺で時々りっくんを見かけた。

 たいてい一人、たまに男友達と歩いてた。最近は女の子とは歩いていない。

 …まあ、すぐに次のカノジョが出来るんだろうけど。


 僕は前みたいにりっくんを見れなくなって、でも見たい気持ちは前より強くなってる。

 

 近付きたい。顔が見たい。話しがしたい。

 …でも怖い。


 今りっくんに近寄って避けられたりしたら、以前より大きなショックを受ける気がする。

 そんなことになったら、立ち直れなくなる。


 だからやっぱり、りっくん家のコンビニには入れない。

 学校の行き帰りとかに中を覗いて、それだけ。

 りっくんはいたりいなかったりで、うっかり目が合ったりしたら僕はまた慌てて逃げ出した。


 何がしたいんだろう、僕は。

 自分の気持ちなのにさっぱり分からない。分からないまま、身体が動くまま、りっくんを見に行って、りっくんから逃げてる。


 神谷は体験入部に行って、里田さんとは駅で別れて、僕は一人でいつものようにりっくん家のコンビニに差しかかった。

 今日はりっくんいるかな?

 お店の角の辺りから、こそっと中を覗いた。


「お前、いつんなったらうち入んの?」


「!」

 背後からの声に、息が止まって身体がびくりと跳ねた。

 恐る恐る振り返る。

「…り…っ」

 りっくん…。

「ははっ、目ぇまん丸だ。変わんねーなあ、空」

 わらった…。

 りっくんの笑顔、いつぶりだろう。


「高校入学おめでとう、空」

 僕を見下ろすりっくんが、大きな手で僕の頭を撫でてくれる。

「あ…、え…っと、ありがとう…。あ、あの、りっくん、も、大学入学、おめでとう…」


 おめでとうって言いたかった。話しかけてほしかった。

 小学生の時みたいに、りっくんのそばに行きたかった。

 

 嬉しい。りっくんの声。りっくんの笑顔。

 うれしい。うれしい。


 …でも。

 なんで、今まで僕を避けてたの?


 一気に色んなモノが頭の中をぐるぐる巡った。

「わ、わ、わ。待て待て、どした?泣くな、泣かないでくれよ、空っ」

 りっくんの慌ててる声がする。でも視界は水浸しで表情は分からない。りっくんがパーカーの袖口で僕の目元を拭いてくれてる。

「ほらほら、ちょっとこっち来い」

 りっくんが僕の手を引いて、建物の陰に連れて行こうとする。


 手、繋いだの、すごい久しぶりだ。


 僕はりっくんの大きな手をぎゅっと握り返した。

 りっくんは手をびくりと震わせて、そして足を止めた。

「…空、お前この後なんか予定ある?」

「…え…?」

「すぐ帰んないといけない、とかあるの?」

 

 握った手をくいっと引かれて、りっくんを見上げた。

 くっきりした二重の強い目が僕を見下ろす。

 明るい茶色に染めた長めの前髪が、サラリと風に靡いた。

「…な…い…、けど…」

 どきん、と胸が鳴った。じわじわと体温が上がってくる。

 りっくんと繋いでる手が汗ばんできてる。

「じゃ、ちょっと寄ってって。話がある」

 はなし…?


 りっくんは僕の手を握ったまま階段を昇り始めた。この前りっくんが声をかけてくれた階段。店の横にあるりっくん家に続くこの階段を昇るのは初めてだ。

 2階にある玄関の鍵を開けて「入って」とりっくんが言った。おずおずと中に入って靴を脱ぐと「こっち」とまた手を引かれて廊下を歩いた。


 展開が早くて頭が追いついてない。心臓はドキドキうるさく鳴っていて、顔が熱くて涙が滲み続けていた。鼻をずずっと啜って唇を噛む。

「ちょっとここで待ってて、な?」

 また僕の目元を拭ってくれて、りっくんはドアを開けて部屋に入った。

 手を離されて急に心細くなった。

 さっきまでりっくんと繋いでいた手を、反対の手で包むように握った。


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