第10話

「はーい、卒業生。そろそろ門閉めまーす。気を付けて帰ってくださーい」

 学年主任の先生が、パンパンと手を叩きながら歩いて来て門に手をかけた。

「じゃ、帰るかー」

 みんな「またね」とか「元気でー」とか言いながら、三々五々別れていく。

 そんな中学生活最後の、別れの儀式のような流れの中、僕の頭の中は僕をじっと見たりっくんの強い瞳で占められていた。


 いつもはすぐに目を逸らしてたのに…。

 それに今日は一人だった。


 話しかけてくる神谷と里田さんの声を上の空で聞きながら、僕はずっとそんなことを考えていた。


 

 家に帰り着いたら先に帰っていた母が、

「律くんはね、おうちから大学に通うんですって」

 と教えてくれた。卒業式で会った誰かから聞いたんだろうと思う。

 大学生になったら家を出ることもあるんだって、僕はその時初めて思い至った。

 じゃあ、登下校の時に駅とかでりっくんに会えたりするのかな。


 自室に戻って机の引き出しを開けた。

 りっくんに貰った紺色のチェックのハンカチ。

 これを見ると「りっくんと仲良かった時」が確かにあったんだって思える。

 今はもう、普通に話せる気もしないけど。


 …あの時なんで僕はりっくんから逃げたんだろう。

 りっくんは逃げ出した僕をどう思ったんだろう。

 …なんとも思わなかったかな、僕のことなんて。


 りっくんから逃げ出したあの日から、僕の中で何かが変わってきてる。

 何かは分からない。

 りっくんと顔を合わせるのも恥ずかしくて、でも会いたくてモヤモヤしてる。

 見かけたらすぐに目を逸らしてるくせに、声をかけてくれないかなって思ってる。

 矛盾だらけだ。矛盾しかない。


 すれ違うだけでもどんな顔をしたらいいか分からないのに、でもやっぱり僕はりっくんのそばに行きたいって思っていた。




 バタバタと高校の入学準備をしている間に、りっくん家のコンビニがオープンした。お祝いのお花がいくつも並んでて、お客さんもいっぱい来てた。

 一高の制服の女の子が何人も着てるのは、りっくんに会いに来てるのかな。

 中を覗いたら、私服の女の子たちがレジにいるりっくんに何か話しかけてた。


 あの人たちは一高の卒業生とかなのかな。

 いいな。僕もりっくんと話したいな。大学合格おめでとう、だけでもいいから伝えたい。


 …でも、自分から近付くのは、怖いし恥ずかしい。

 だからお店には入れない。


 ガラス越し、りっくんと目が合ってしまった。慌てて視線を外してその場を離れた。

 速足で家への道を歩く。

「今日三島先輩いるかなあ?」って言ってる女の子たちとすれ違った。

 あの子たちもりっくん家のコンビニに行くのかな。行って、お店に入って、りっくんと話したりするのかな。


 ギリギリと唇を噛み締めながら家に帰った。

 僕はなんでこんなにイライラしてるんだろう。

 りっくんに近付きたいのに近付けないから?

 僕のできないことを、女の子たちがいとも簡単にやっているから?


 わかんない。わかんないけどイライラしてぐるぐるしてる。

 感情の波が激しくてしんどい。こんなこと今までなかった。

 

 自分の気持ちなのに正体が分からない。

 ただ苦しくて苦しくて、気を抜いたら勝手に涙が滲んできてしまった。

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