第5話

 りっくんとは休み時間のグラウンドや廊下、図書室とかでも時々会った。

 僕を見かけるとりっくんは手を振ってくれたり、近かったら声をかけてくれたりした。りっくんが僕に「空」って呼びかけると、クラスメイトはびっくりした顔をした。兄弟でもない上級生から声をかけられることは滅多にないし、しかもりっくんは目立つタイプだった。

 パッと人目を引く、華やかな存在。学年が違っても名前を知ってる人がたくさんいる、そういう人だった。

 りっくんに会えるかもしれないから、長い休み時間にグラウンドに出るのも嫌じゃなくなった。学校に行くのが楽しかった。


 だから、りっくんの卒業式はすごく悲しかった。


 ちゃんと見送らなきゃいけないって思って一生懸命練習したのに、本番の日はりっくんが入場してきたのを見た時からもう涙が滲んできて、卒業証書を受け取る姿を何度も涙を拭いながら見た。

 歌は声が詰まって上手く歌えなかったし、卒業生が退場する頃にはもうハンカチはぐしょぐしょだった。


 明日から、学校に来てもりっくんはいないんだ…。

 今日で最後なんだ…。


 そう思って鼻を啜りながら、出口に向かって歩いて行くりっくんを見た。

 りっくんは僕の方を見て、驚いた顔をしていた。

 たぶん僕はひどい顔をしてたんだと思う。


 式が終わって、帰りの会も終わった頃、僕のクラスにりっくんが来た。

「空、お前さ、泣き過ぎだから。目ぇ真っ赤じゃん」

 僕の頭に手を置いて、りっくんが苦笑いして言った。クラスメイトたちが少し遠巻きに僕たちを見ていた。

「だって…、りっくん卒業しちゃうから…」

「そりゃ卒業すっけどさ、引っ越すわけでもねぇし中学すぐそこだし、別にもう会えねぇってわけじゃねんだから」

 な?って言いながら、りっくんは僕を覗き込んだ。そしてポケットからハンカチを出して僕の涙を拭いてくれた。


「…でもっでも、今までみたいに会えないし…っ」

 拭いてもらっても、次から次へポロポロ、ポロポロと涙がこぼれてしまって止められなかった。

「まーなー。それはそうなんだけどさ」

 その止まらない涙をりっくんが拭き続けてくれて、そしてよしよしって頭を撫でてくれた。


「あー、やっぱり律くんここにいたー。お別れ会始まるよー」

「ねー早くー、律くーん」

 教室の出入口から、卒業した6年生の女子たちが覗き込みながらりっくんを呼んだ。

「ちゃんと戻るから先行ってて」

 りっくんはちらっと出入口の方を見て、またすぐに僕の方を向いた。


「ごめんなー、空。俺もう行かなきゃだからさ。これ、ハンカチお前にやるから使って、な?」

 そう言ってりっくんは僕の手を取ってハンカチを渡してくれた。紺色のチェック柄のハンカチは、僕の涙でしっとりと濡れていた。

 僕は渡されたそのハンカチをぎゅっと握って、りっくんを見上げて、うん、と頷いた。

「…あり…ありがとぉ…、りっくん…」

 喋ったら、また嗚咽が漏れた。

「ああもう。そんな泣くなよ、空ぁ。行きづらいじゃん」

 僕の頭を撫でながら覗き込んでくるりっくんは、困ったように微笑んでいた。

「ご…ごめ、なさ…」

「いや、謝んなくていいから、空。そんだけ泣いてくれて、うれしいっちゃあうれしいし。…俺がいなくなるの、そんなにさびしいの?」

 うん、って大きく頷いた。うん、うんって続けて何回も頷いて、涙が顎を伝い落ちていった。

「ははっ、そっか。お前は3年生になってもかわいいな」


 不意にぎゅうっと抱きしめられた。

「だいじょぶ、空。またいつでも会えるし、だから泣き止んで」

 りっくんの腕の中で僕は、おんぶしてもらったこととか、手を繋いだことを思い出してた。


 背中をぽんぽんと優しくたたいて腕を解いたりっくんが、僕の肩に手をかけてまっすぐ見つめてきた。


 うわ…

 りっくん、カッコいい…


 僕は唇を噛んでまた、うん、て頷いて、ずずっと鼻を啜った。

「よし、じゃまたな、空」

 最後にもう一回僕の頭を撫でて、りっくんは教室を出て行った。

 涙が滲んだ視界に、りっくんの後ろ姿はキラキラ輝いて見えた。

 出入口の所でちょっと振り返って手を振ってくれたのがすごく嬉しかった。

 僕はその日、りっくんのハンカチを握りしめたまま家に帰った。

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