第4話

 あ…


 りっくん家の酒屋さんから、もうすぐ家って所まで帰ってきた時になって、りっくんに春からどうするのか訊き忘れたことに気付いた。

 会えるなんて、思ってなかったから。

 …会えたらいいな、とは思ってたけど。

 でも、まいっか。たぶん母がどこかから聞いてくる。母たちの情報網は探偵並みだ。正直ちょっと怖い。


 家のドアを開けて「ただいま」って言って、自分の部屋に向かった。

 勉強しなきゃ。

 受験まであと少し。一高はこの辺ではまあまあレベルの高い学校だから気が抜けない。…模試の結果は合格圏内だったけど。

 

 …りっくんは、あの高校でどんな3年間を送ったんだろう。

 3つ違いのりっくんとは、小学校以来同じ学校に通ったことがない。

 でも中学に入学したら、もう卒業したりっくんの話を色んな人から聞いた。

 だから高校も同じ所を目指すことにした。

 遠くなってしまったりっくんの話を、誰かから聞きたかったから。



 小学校生活にも慣れてきて、梅雨が近付いてきていた頃、僕は登校途中に忘れ物に気付いて家に取りに帰った。そして大慌てで家を出た時、りつお兄さんに会った。

「お!おはよ、空。朝会うの初めてだな」

「あ、おはよーございます。あの、わすれもの…」

「あー、なるほど。いつももっと早いんだな。まだ大丈夫だぞ、って言っても俺のスピードで歩けば、だけどな」

 そう言いながら、りつお兄さんは僕を歩道側にして手を繋いだ。

「引っぱってってやるから、がんばって歩けよ?遅刻するぞー」

 俺いっつもギリギリだから、って笑いながらりつお兄さんが言った。

 僕はりつお兄さんに手を引かれて、一生懸命歩いた。間に合うか不安だったけど、一人で歩くより速くて、それにりつお兄さんが「大丈夫」って言ってくれて少しほっとした。


「…あ、あの…っ」

 この前からずっと、訊きたいことがあった。

「ん?なんだ?空」

「…なんて、よんだらいい、ですか…?」

 りつお兄さんを見上げて、僕はドキドキしながら訊いた。

「ああ、律でいいよ。みんなそう呼ぶし」

「りつ…さん?」

 学校で「お友達の名前には『さん』を付けて呼びましょう」って先生が言ってた。


「さん、さんかー。俺、みんな『さん付け』あんま好きじゃねんだよなぁ。かと言って呼び捨ては、俺は全然いいけど周りから、あの1年生生意気だ、とか言われたら空がかわいそうだしなぁ」

 覗き込まれてドキッとした。

「…じゃあ、りつくん…?」

 さん、じゃなかったら、くん、だよねって思って訊いた。

「ああ、うん。それでいいよ。もっかい呼んでみて。練習練習」

 ほらほらって言われて、速足で歩いてるのも混ざってすごいドキドキした。


「り、りっくんっ」


 ドキドキして「りつくん」が「りっくん」になってしまった。

「あ、いいじゃん。りっくんにしようぜ。りっくんって呼んで。な?空」

 キラッキラの笑顔を向けられて、僕はただ、うん、と頷いた。

 校門が見えてきて、急ぎ足で登校する人もいっぱい見えてきた。


「おー、律ー。おはよーって、あ、その子、この前お前が転ばせた子?」

「そうそう。空っていうんだ。かわいいだろ?」

 かわいい…?

「1年生はちっこいよなー」

 りっくんの友達が僕を見て言った。

 あ、小さいっていういみ?

「なー、ちっさくてかわいいよなー」

 りっくんはそう言いながら、僕の頭を撫でて顔を覗き込んだ。


 どきどき どきどき


 りっくんは僕を1年生の靴箱まで送ってくれて、ちょうどその時予鈴が鳴った。

「じゃーな、空。急げよー」

 そう言って、りっくんはバタバタと走って行った。

 4年生は3がいだ。


 僕も急いで上履きに履き替えて、2階の1年の教室に向かった。もうりっくんには会わなかったから、先に階段を昇ったか、それとも別の階段を使ったんだろうなと思った。


 どうにか本鈴までに間に合って、でももうほとんどみんな席に着いていて、僕はこそこそと席に着いて急いでランドセルの中身を机に入れた。

 その間もずっとドキドキは続いていた。急いで歩いて来たからか、りっくんと朝から会ってびっくりしたからかは分からなかった。


 りっくん


 呼び方が決まったら、友達認定された気がした。

 なんかうれしい。

 朝の会を聞きながら、一人でこっそりにやにやしてた。

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