第3話

 母から「三島酒店がコンビニになる」と聞いて、次の日の帰りに僕は、遠回りをしてりっくん家を見に行った。

 ほんの3日前にはなかった「閉店セール」の赤いのぼりが、2月の冷たい風にひらひらと揺れていた。


 僕は週に2、3回は遠回りしてりっくん家の酒屋さんの前を通って帰っていた。三島酒店は、お酒以外の物も売ってるけれど、なんとなく入りづらい。

 まあ、入ってもりっくんと会えるわけでも、喋れるわけでもないし…。

 そんなことを考えながら、三島酒店の前を通り過ぎようとした時だった。


 あ…


 店の脇にある自宅につながる階段を、りっくんが下りてきていた。


 うわ…

 こんな近いの久しぶりだ…


 僕はつい、立ち止まってしまった。

 りっくんも僕を見て一瞬足を止め、そしてゆっくり下りてきた。

「…空、お前高校どこ受けんの?」

「え…あ、えっと…」


 空


 声をかけてくるなんて思ってなかったから、頭が追いつかない。

「あの…一高いちこう…」

「え、うち?へー…、そっか。頑張れよ」

 それだけ言って、りっくんは行ってしまった。

 まさか喋れるなんて思ってなかった。


 頑張れよ


 ふと、りっくんに2回目に会った時を思い出した。



 次にりっくんに会ったのは、擦りむいた膝にカサブタができた頃だった。

 その週の外遊びは色鬼だった。クラスの4分の1くらいの人数が鬼になって、鬼が話し合って触る色を決めていた。僕は逃げる方だった。

「みどり!」

 鬼たちが大きな声で言って、それを聞いた僕たちは緑色を探して走り出した。同じ所に触れるのは2人までってルールもあって、近い所にあった緑色の遊具とかはすぐにクラスメイトが触ってしまった。


 みどり、みどり。

 

 きょろきょろ周りを見ながらじゃ速く走れない。

 でも緑色を探さないといけない。


 みどり、みどり、みどり!


「お、空じゃん」

 え?

 

 このこえ!りつおにいさんだっっ!


 走りながら声のした方に振り向いた。目の端に鬼役のクラスメイトが見えた。


 あ!!


「みどりいろっ!!」

「え?」

 りつお兄さんの、緑色のシャツ。

 僕は急転換してりつお兄さんに手を伸ばした。

 鬼役の子が追いついてきてた。


 つかまるっ!


 そう思った時、僕はぎゅっと抱きとめられてた。

「なんだ、空。色鬼か?」

 僕を抱きしめる、りつお兄さんの笑顔。

「あー、くっそー!」

 鬼役のクラスメイトの口惜しがる声が聞こえた。

 僕は、うん、うんて頷いて応えた。息が切れてて喋れなかった。

「ははっ、そっかそっか。で、緑だったってことか」

 

 遠くから「1ねん2くみー」っていう声が聞こえた。

「お、呼んでるぞ、空。次は何色だろうな」

 僕から手を離したりつお兄さんが、僕の頭を撫でて背中を押した。

「がんばれよー、空」


 そら そら そら


 りつお兄さんが名前を呼んでくれるのが、妙に嬉しかった。

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