第2話
「先に手、洗おっか。こっちおいで」
そう言ってお兄さんは僕の手を引いて、保健室のすぐ外の手洗い場に向かった。
「いい?洗うぞ?ちょっとがんばれー。痛い?」
僕の手を優しく握ったお兄さんが、声をかけてくれながら傷口に付いた砂を洗い流してくれた。
「だいじょぶか?痛いよなー。ごめんな、ほんと」
お兄さんはそう言いながら丁寧に僕の両手を洗って、タオルを押し当てるように優しく拭いてくれた。
いたいけど、いたくない。
「次、ヒザな。こっちのが痛いな。くつ濡れっから脱がすから、俺の肩につかまって」
僕は言われるままに、お兄さんの肩に手をかけて掴まった。お兄さんは僕の右足の靴と靴下を脱がしてくれた。そしてそのまま、僕の踵を支えてくれた。ちょっとくすぐったい。
「水かけるぞー。がんばれよー。痛いな、がんばれがんばれ。エラいぞー」
お兄さんが声をかけてくれながら、優しく優しく傷口を洗ってくれた。
「よし終わり。泣いてないな?エラいぞー」
僕の足をタオルで拭いて、お兄さんはにっこり笑いながら僕の頭を撫でてくれた。
いたいけど、いたくない。
「あ、ありがとねー、三島くん。うん、キレイ。OK」
前の子の処置の終わった先生が、僕の傷口を見て言った。
「俺自分のケガで散々やったからさー。でもほんと、ごめんな?」
お兄さんは何回目か分からない「ごめんな」をまた言って、僕を覗き込んだ。
僕はお兄さんに、うん、と頷いて応えた。
「あ、そうだ。利用カード、俺書いとく。クラスと名前は?」
お兄さんが慣れた様子で机の上の紙と鉛筆を取って訊いた。
「え…と、1ねん2くみ、
なんかドキドキして、上手く声が出なかった。
「1ー2ね。高い山に青空とかの空でいいの?」
僕はまた、うん、と頷いた。お兄さんは「オッケー」って応えて、サラサラっとカードを書いてくれた。
「あれ?空は「くん」?「ちゃん」?」
お兄さんが僕の顔をじっと見て訊いた。
目が強くてカッコいい。
「あ…、えっと、ぼくは…」
「あ、男子か。ごめんごめん。かわいーからどっちか分かんなかった」
ごめんな、ってまたお兄さんが謝ってくれて、僕は首を横に振った。
「あ、そうだ。俺ね、
そう言ってお兄さんは僕に微笑んだ。
みしま、りつ。
りつお兄さんと喋ってる間に、先生が膝にガーゼを当ててくれた。手のひらには絆創膏。
「はい出来上がり。あ、もう休み時間終わっちゃうわよ」
「げ、マジで?うわ、みんな戻って行ってるし」
グラウンドを見たりつお兄さんは、外に置いてあった僕の靴下を取ってきてくれて、ささっと履かせてくれた。
「じゃ、行こっか、空。せんせーありがとねー」
そら
「はーい」
「あ、ありがとうございました…」
「はい。気をつけてね」
外に出ると、もうグラウンドに人影はなかった。りつお兄さんも僕も急いで靴を履いた。
「間に合わねーからくつ箱までおんぶしてってやる。乗って」
お兄さんはそう言って僕の前にしゃがんだ。僕はちょっとドキドキしながら、またその背中におぶさった。
「走るぞ!しっかりつかまってろよ!」
と言って、りつお兄さんはどんどん走り出した。
はやいっ!
僕はりつお兄さんにぎゅうっと掴まった。自分で走るよりもずっと速いスピードで昇降口が見えてきた。まだ結構人がいてほっとした。
「あれー?律どしたの?」
4年生の靴箱の近くで声をかけられた。りつお兄さんは1年生の靴箱に向かいながら振り返った。
「あ、
「あー、なるほど」
4年生の人が「りつ」「りつ」って声をかけてて、それにつられてみんなが僕たちの方を見るから、ちょっと恥ずかしかった。
1年生の靴箱の前で僕を下ろしたりつお兄さんが、僕の頭にぽん、と手を置いた。
「痛い思いさせてごめんな、空」
そら
僕は首を横に振って応えた。
「じゃな」
そう言って、りつお兄さんは4年生の靴箱の方へ歩いて行った。
僕は少しの間、その背中をじっと見ていた。
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