第6話

 あの日りっくんに貰ったハンカチは、チャック付きのポリ袋に入れて、今も机の引き出しに仕舞ってある。自分で手洗いしてアイロンもかけた。


 りっくんが言った通り、近所を歩いてる時とか時々りっくんを見かけた。りっくんは変わらず手を振ってくれたり、声をかけてくれたりした。

 初めて学ラン姿のりっくんを見た時は、大人っぽくてびっくりした。ほんの数日前に三島酒店の前で会った時と別人みたいに見えた。

「なに目ぇまん丸にしてんだよ、空」

 そう言って笑ったりっくんが、僕の頬を指の背でスッと撫でた。


 中学生になったりっくんは、朝少し早く出るようになったみたいで、登校時によく見かけた。朝りっくんが手を振ってくれたら、その日は良い日だって思え

た。

 僕は学校の帰りに時々回り道をして三島酒店の辺りまで行った。ごく稀に、りっくんに会える時があった。今思えばあれはテスト発表期間だった。


「空、なんでそっち側から来てんの?」

 小学校からの帰り道とは違う方向から歩いて来た僕に、りっくんがちょっと不思議そうな顔をした。

「あ…えっと…」

 僕は答えに詰まった。はっきり言うのがなんか恥ずかしかった。

「もしかして、うち、行ってた?」

 微笑みながら訊かれて、僕は小さく頷いた。

「…りっくんに、会えたらな…って、思って…」

 

 また背が伸びたりっくんを上目に見上げて、ボソボソと僕は応えた。

 りっくんは目を見張って僕を見て、そしてスッと視線を外した。

「…送ってってやるよ、すぐだけど」

 りっくんは僕の両肩を持って歩道側に誘導しながら言った。

「うん!」

 

 うれしい


 たぶん5分くらいの距離だけどそれでも嬉しくて、りっくんも知ってる先生の話とかしながら歩いた。りっくんは「へー」とか言いながら、うん、うんて頷いてた。

 ゆっくりめに歩いたけど、すぐうちに着いちゃって「またね」ってりっくんに手を振った。りっくんは「じゃあな」って言って帰って行って、僕はその広くなった背中を見送った。

 あの頃はそんな風に時々会って話もできていたけれど。


 少しずつ、りっくんは僕から距離を取り始めた。

 登校時、姿を見かけることがなくなった。

 道で見かけても、手を振ってくれなくなった。

 前なら声をかけてくれたなっていうタイミングでも、ちらっと僕を見るだけになった。ちらっと見て目を逸された時の、冷たいスコップで心臓を抉り取られたような気持ちは、今でも忘れられない。

 そしてりっくんは前みたいに笑わなくなって、よく女の子と歩くようになった。

 そうなると僕はもう、声をかけることも、手を振ることもできなくなった。


 ただ、僕を見ないりっくんとすれ違うだけ。

 『友達認定』はいつ解除されちゃったんだろう。

 年の離れた友達は、続けていくのが難しい。


 りっくんはどんどん大人になっていって、僕は追いつけなくて、でもそれは仕方のないことなんだと、思うことに、した…。





 

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