第21話/浪漫飛行



「あれ? 食べないの? もしかしてパンって気分じゃなかった?」


「いや、スゲー美味そうだし今すぐにでも食べたいんだけどさ」


「よかったぁ~~っ、男の子に朝食を作ってあげるのって初めてだから緊張しちゃったよ、私が普段食べる量より多めにしといたんだけど……足りるかな?」


「量もちょうど良いんだけどさ、一つ聞いていい?」


「何でも聞いてっ、ちなみに隠し味は愛情っ!」


「鍵かけた筈なんだけど、なんで部屋に入れてるの??」


 ストレートな問いに、砂緒は笑顔で沈黙した。

 彼女の服装は肩だしニットにミニスカで新妻エプロンという、大変に眼福な光景であったが。

 率直に言って、ピッキングで侵入したメンヘラストーカーと何が違うのだろうか。


「…………」


「…………」


「じゃ、食べよっかっ」


「お、おい砂緒っ!? 俺の問いに――」


「ちなみにこの服、そこのカラーボックスの中に入ってたやつなの。偶然ってあるもんなんだね、私とサイズがぴったりっ! ……何か聞きたいことでもある?」


「……………………いただきまーす!!」


 何も言えなくなって、慎也は仕方なく朝食を楽しむことにした。

 どう考えても気づかれているし、断片的ではあるが思い出しているのだろう。


(うーわー、パンの焼き加減が俺好みでばっちりだぞぉ!! 目玉焼きの半熟加減とか、ソーセージの本数とか、前の砂緒のと一緒じゃんか!!)


 これはもしやチェックメイト寸前なのでは、王手まで後何手だろうか、慎也は半ばヤケッパチになりながら朝食に舌鼓を打つ。

 焦げる寸前でカリカリのトーストに半熟の目玉焼きの四分の一を乗せ、ソーセージと一緒に食べるのが彼の朝食ザ・ベスト。

 ミニトマトとサニーレタスの小サラダは、ドレッシング無しでいくのが慎也流の食べ方だ。


(状況を整理しよう、昨日はキスから逃げた、朝起きたら突撃朝ご飯、しかも置いてった服を着てる)


 イヤな予感しかしない、明らかに砂緒の行動が変化している。


(俺のスマホを見られる前は、証拠を探るような行動をしてたよね)


 そして、件の豪雨の日の後は。


(証拠を見たなら、少しでも思い出したのなら探る必要はない。直接聞いてこないのは謎だけど……やっぱり……俺の口から言わせようとしてるんだね)


 一緒に登校した事、キスしようとした事、置いてった服を着て朝食を作ってくれている事。

 それらはまるで、恋人の様に好意を示すような行動。

 まるで夏のあの頃に戻ったような感覚は、きっと彼女も一緒の筈で。


(あー、幸せだなぁ……好きな人に朝から会えるって、手料理を味わって貰うって……うん、覚えてるって気がする)


(――慎重にならないと、恋人として振る舞って記憶を完全に取り戻そうとしているのか、俺に記憶が戻ったと思わせて言わせようとしているのか、それとも――――)


(前の私に言ってたように、今の私にも……好きって、愛してるって、言ってくれないかな……ううん、言わせるのっ、今日はその為に来たんだから!!)


(分からないっ、砂緒は何を俺をどうするつもりなんだよ!?)


 美味しそうに食べながらも、顔をしかめて悩むという器用なことをする慎也の姿も格好いいと砂緒は見惚れて。

 けれど長々と堪能してはいられない、時間を与えてしまえば昨日みたいに意表を突いて逃げられてしまう。

 そんな所すらも愛おしく思ってしまうのだから、彼女は恋は盲目という言葉が世の中の真理に感じた。


「――ねっ、教えてあげよっか。私がどーやって鍵を開けたか」


「ッ!? その顔……素直に教える気なんてないでしょ」


「えー、どんな顔ー? 鏡ないから分かんないなぁ」


「じゃあ俺の瞳を見つめればいいさ、――瞳に写った君が見える筈だよ」


「あははっ、その台詞、クサすぎだよっ! でーもー、ホントにいいの? ……キス、したくなっちゃうよ?」


 目を細めて蠱惑的に笑う素直に、慎也は白旗をあげたくなった。

 勝てない、そもそも一週間で籠絡された事実があるのだ。

 彼女のアプローチは、とても抗いがたくて。


「…………はぁ、降参するよ。朝っぱらから来た用事は何?」


「実はねぇ……じゃじゃーーんっ、今日は恋人練習デーに決めました!!」


「なるほど??」


「練習に付き合ってくれたら、何故か私の部屋にあったこの部屋の合い鍵を返してあげる。不思議だなぁ……どうして私の部屋の宝箱の中にしまってあったんだろう……」


「返さなくてもいいけど、――実は俺、恋人に合い鍵を渡した覚えとかないの知ってる?? 初耳すぎて今ちょっと驚いてるんだけど??」


「…………え、マジ??」


「マジマジ、大マジ」


 二人の間に、重く、奇妙な沈黙が流れた。

 慎也としては合い鍵の件は本当に初耳で、つまりそれは砂緒が勝手に持ち出したという事で。

 そして彼女としては、あ、これ人生かけて捨て身で愛してたやつだと。


「ちょっと待って、私ね、運命のヒトぐらいに思ってたの、何がとは言わないけど」


「なるほど、何がとは言わないけど理解したよ」


「それが合い鍵…………、ヤバい、ヤバいのこれ本当に」


「つまり?」


「………………………………後で妊娠検査薬買ってくるねっ」


「待ってほしい!! 話し合おう!! もしかしたら思い過ごしとか勘違いかもしれないから!! いやだって避妊してたよ!!」


「詳しくっ!!」


 こうなったらもう、何がとは言わないまま話し合わなければならない。

 砂緒も慎也も、冷や汗ダラダラ流しながら慌てて朝食の残りをかきこむ。

 そして食後のお茶を用意し、再びちゃぶ台にて向かい合って――。


「――いや待った、話し合うのはナシにしない?」


「え、なんでっ!? 大事なコトだよコレ!!」


「合い鍵の件は迷宮入りだ、――これはきっとパンドラの箱……、希望すら残っていないかもしれない」


「何がとは言わないけど、もう手遅れだと思うよ? たぶんだけど私も恋人には尽くすタイプだし、なんなら人生捧げるタイプって確信あるから」


「よしっ!! この話題終わり!! 今日は恋人練習デーだったよね!! 最後まで付き合うよ!!」


「恋人練習デーの目的は、恋人っぽい事して夏の記憶を取り戻そうっていうのだよ?」


 これ詰んだのでは、と慎也はどこか遠くに旅行に行きたくなった。

 もしや砂緒の記憶を取り戻さない方がいい、まであるのではと。

 しかして、記憶を取り戻さないと真実は判明しない。


「ぐぐっ、うぐぐぐぐっ、俺はッ、俺はどうすれば――ッ」


「がんばれ、がんばれ、ちゃんと決断してくれたら慎也くんが夏の間に恋人とできなかった過激なこともしてあげるっ」


「一応聞いておくけど、それって練習だから?」


「どっちがいい? 慎也くんの好きな方でいいよ?」


「もう一つ聞くけど、どんな練習するの?」


「私と慎也くんで、恋人と再会した時にスムーズにデートとか出来るように、二人で熱々な恋人同士になりきってデートするの、一時間に最低一回は好きって言ったりっ!」


 絶対に断った方がいい、だがしかし断った場合に彼女は何を言い出すのか。

 もしかしたら、もしかすると、そのまま帰ってくれるかもしれない。

 そんなシャボン玉より割れやすい儚い望みを胸に、慎也は問いかけた。


「ノーって言ったら?」


「その……、夏の私はきっと何度もシたと思うんだけど、今の私は初めてだから……恋人同士でスること全部、教えて欲しいなって」


「もしそれも断ったら??」


 即座に聞き返した彼に、砂緒は真顔で告げた。


「――――パパになる準備、した方がいいよきっと。それからお父様とお母様にご挨拶に行くから……」


「よっしゃ今日は恋人練習デーだ! ふざけんなよ砂緒あとで絶対に後悔させるからね!!」


 このグイグイ来る感じは夏の彼女と同じで、慎也は否応がなしに現実を突きつけられた。

 今の砂緒も、確かに前の砂緒と同じ存在だと。

 だからこそ。


(俺は……本当に君に何も言わなくていいのかい?)


 出来るだけ、言葉にしないようにしていた。

 彼女の約束は守りたい、でも、本当にそれだけが選択肢だったのだろうか。

 迷いを抱える慎也を、砂緒は切なそうに見つめて。


(ごめんね慎也くん……でも私は、今の私を見て欲しいの、好きって、愛してるって言って欲しいの)


 不安がよぎる、今のまま何もせずとも記憶は戻るかもしれない。

 だが夏の記憶を取り戻した自分は、本当に自分なのだろうか。

 今の自分は消えて、夏の時に戻るのか、それとも別の自分になるのか。


「――――じゃあ、行こっか慎也くんっ」


「ああ、今から俺たちは恋人ってコトで!!」


 二人はそれぞれの想いを抱えながら、関係を進める事に決めたのだった。


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