第19話/すーぱーあふぇくしょん
こんなに可愛い女の子が誘っているのだ、どうして断れようか。
ぎこちなく頷いた慎也に、ぱぁと花咲くような笑顔になった砂緒はぴとっと寄り添って。
するりと入り込む華奢な腕は止めることが出来ず、彼は彼女と腕を組んで歩くことになり。
「えへへ……っ」
「じゃあ、出発しようか」
(きゃー、きゃー、これで登校デートだよねっ、カレシと登校デートっ!! ……振り払われないって事は……まだ脈アリ、なんだよね?)
(なに……? この可愛い生物、ホントに俺のカノジョなの? いや今はカノジョじゃないんだけど)
スマホの事など一言も口にせず楽しそうにする砂緒に、慎也は問いかける事が出来ずに。
然もあらん、迂闊に口を開けばやぶ蛇である。
一方で彼女は、うっとりとしながら瞳をギランギランと輝かせて。
(これならいけるっ、――私の王子様を、愛を取り戻せる!! ふっふっふっ、この磨きに磨かれた美貌でめろめろにしちゃうよっ!!)
これこそが、砂緒の出した結論であった。
慎也が自分から言わないのなら、聞かない――もっとも、我慢できるまでは。
ならばどうするか、彼自ら言いたくなるように身も心も籠絡するのである。
(あのまま俺を覚えていてくれれば、こんな時間が続いてたのかな)
恋人と一緒に登校するなんて幸せ、想像していない訳じゃなかった。
でも一度は失ったも同然だったから、余計に強く感じる。
今が幸せだと、強く、強く感じる、だからこそ思う。
(きっと砂緒は思い出した訳じゃない)
仮に思い出したとしても、全てじゃない。
容易に想像できる、彼女なら全てを思い出した途端に時間も場所も関係なく慎也の所に、衝動のまま突撃してくるだろう。
だから違う、違うという事は。
(…………罠)
仮に何も思い出していないとして、スマホに彼女からの電話の通知が残っていた事実を鑑みれば。
確かめようとする筈だ、それも慎也自身の口から言わせようとすると確信できる。
そしてもう一つ、断片的に思い出したとしたならば。
(記憶の限り前と同じように接して、思いだそうとしている?)
どちらにせよ。
(――怖いな)
流されてしまいそうで怖い、こうしているのが幸せだから、彼女の約束を破ってしまいそうになる。
何も言わず側にいて。
大切な、とても大切な約束。
(ねぇ砂緒……君はあの時の君と一緒なのかい?)
(安心するの……こうしてると、とっても。ふふ、記憶がない時でも私は私だったんだねっ)
(もし、……もし違うのなら、――俺はどうしたらいい?)
(慎也くんも同じ気持ちだって思ってくれてるといいな、前の私も今の私と同じで、一緒に居て幸せだって)
表面上は幸せそうに歩く二人、しかし心の中で渦巻いている。
聞きたい、でも言葉にした途端にこの幸せが終わってしまいそうで。
聞けない、側に居るのに心が遠く感じてしまう。
「――――そろそろ離れようか」
「ええっ、な、なんでっ!?」
「君があまりにも魅力的だからさ……勘違いしそうになるんだ、恋人だって思い込んでしまいそうになるから」
「ッ!? そ、それは――っ」
砂緒は思わず縋るように上目遣いで慎也を見た、決して離すまいとしっかり腕を掴んで。
大きく丸い目から今にも涙がコボレそうで、彼の胸は痛み。
(これって、もしや私ってば遠回しにフラれそうになってるのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?)
焦る、非常に焦る、彼女は激しい危機感を覚えた。
だってそうだ、思い返せばあの時に証拠隠滅など何一つしていない。
写真のフォルダーは開きっぱなしだったし、通話履歴も消してない。
(きっと、ううん絶対、絶対に慎也くんは私が記憶を取り戻しつつあるって気づいてくれてると思う、で、でもなんでこんなコト、ううっ、同じ私なのに前の私の方がいいのッ!?)
探せひねり出せ、どうにかして側にいる理由を、イチャイチャして心を奪う機会を作り出すのだ。
砂緒の口が数度ぱくぱくと動き、喉から声がでてこない。
思い出せ、思い出せと必死に考えて。
「――――まだ、協力するって約束は生きてるよ? こうして慎也くんと仲良くしてれば恋人だって言ってくる人が出てくるでしょ?」
「むぅ」
「それに慎也くんの方だって同じ、はい論破っ!!」
「わかった……なら学校着くまでね」
「え、相手が同じ学校の可能性もあるよね、なら教室でもイチャイチャするよ?」
彼女はにっこり笑っているが必死さが隠せていないし、有無を言わさない迫力があった。
慎也は反論を探したが、どうにもこうにも見つからない。
だからせめてもと、一線を引くことにした。
「条件があるんだ」
「物によると思う」
「教室では過度な接触は避けよう」
「具体的には? 手を繋ぐのはアリ? 膝の上で抱っこして貰うのは? お昼のあーんは? ――キスはどうかな」
「………………………………き、キス以外はアリで」
「うっしっ!!」
小さくガッツポーズをみせる砂緒は可愛らしかったが、それはそれとして苦渋の決断であった。
他はまだいいが、キスまで行ったら取り返しがつかない気がする。
小さな敗北感で項垂れる慎也は、にま、とほくそ笑んだ彼女に気づかずに。
(ナイス私っ、これで合法的にイチャイチャできるし言質取ったぁッ!! そ・れ・に――)
新鮮な気分である、こんなにも自分が嫉妬深く独占欲の強い人間だったなんて初めて知った。
灰海慎也という男子生徒は、良くも悪くも目立たない存在だ。
だからこそライバルは皆無である筈だし、何より。
「――――ぇ!?」「み、みろよあの九院さんが……」「一緒にいる男は誰だよ!?」「くそっ、あんな幸せそうに」「ボクが先に好きだったのに」「いやそれはない」「ないな」「むしろオレの方が先に好きだったのに」「なくない??」
(ああああああああああああっ、他のヤツからの視線が痛ああああああいッ!! これ砂緒が側から離れたらボコられるんじゃないの!?)
(ふっふっふっ、もっと見てっ!! 私はもう慎也くんのなんだからねっ!!)
男子生徒の視線に砂緒はご満悦、慎也は青い顔。
一方で女子達の反応は、嫉妬にまみれた男子達とは違い。
「やっぱり」「少し前から距離が近すぎるって」「夏休みの目撃情報って」「ホントだったみたい」「で、男の方誰??」「アタシ知ってる同じクラスよ確か」「えーん、狙ってたのにぃ」「マジで!? あの冴えなさそうなのを!?」「いやこの子は……」
(――――――あ、あれっ!? 実は慎也くんモテるの!?)
耳を大きくして聞いていた彼女の額に、冷や汗が一筋。
実の所、狙っていると言った女子は砂緒を百合的な意味で憧れており、砂緒と特別な関係になりたいと言う意味だったのだが。
その女子のことを砂緒は知らないし、後に続く会話を聞き逃したので誤解して。
(ま、不味い……慎也くんってモテないって思ってたのに!! 私だけの王子様なんだからっ、うううっ、どうやって牽制すれば……、キスは封じられちゃったし、フツーのイチャイチャでイケる??)
(砂緒は綺麗で可愛いし読モやってるから女子人気高いって思ってたけど……、まさかガチ勢がいるとはッ、これって俺、一部の女子にも敵認定されてない??)
(それより今の子達の会話っ、慎也くんは聞いてないよねっ、で、でも時間の問題かもだし、なら――攻めるッ!!)
彼女の勘違いに気づける筈がなく、慎也は少々ぐったりしながら校門を眼前に捉えたその時だった。
砂緒は他の生徒達に聞こえるような大きな声で、はしゃいで浮かれていると言わんばかりの笑顔で。
「そうだっ、放課後はどーする慎也くんっ!! ね、ね、今日も慎也くんの部屋に行っていい??」
「ッ!? く、九院さん!?」
「もーっ、慎也くんって照れ屋なんだからぁ、学校でも名前で呼ぶって決めたじゃん、別に隠すことじゃないでしょ?」
「…………呼ぶからっ、だから砂緒? もう少しトーンを落とそう??」
攻撃を受けているッ、しかも完全なる奇襲。
もうホンの少しで下駄箱で近くに他の生徒が大勢いるというのに、大声で何を知らしめようと言うのだろうか。
しかし、無理矢理に口を塞ぐという凶行は悪手でしかなく。
「ねぇ……いいでしょ慎也くん、もっと一緒に居たいの…………だめ??」
「うぐっ、は、ははっ、まさか俺も同じ気持ちだよ、でもそーいうコトは静かな所で二人っきりで話したいかなーって」
「わーお、慎也くんったらだいたーんっ、空き教室で私にナニをしちゃうの?」
「………………何でも言うこと聞くから、もう、止めて、俺のライフはゼロだよッ??」
白旗をあげた彼の頬に、彼女は少し背伸びをし。
ちゅ、と口づけをする、となると周囲からどよめきが響きわたり。
慎也はもう、ひきつった笑みしか浮かべられない。
「なーらっ、放課後は私のウチでお家デートっ、決まりねっ!!」
「とほほ……、お気に召すままだよお姫様……」
その後、放課後になるまで慎也は針の筵な気分であったが。
しかして放課後になるや否や、砂緒の手を引き早足で下校し彼女が住むマンションの部屋に入った瞬間であった。
当然ながら、ガチャと閉められた鍵が不穏すぎて振り返ると。
「慎也くん、言ったよね? 言質取ってるもん、――教室以外なら……キス、していいんだよね?」
「わ、わーおっ??」
とても可愛いのに、ビックリするほど恐ろしい肉食獣の登場に。
彼はとても、とても強い既視感を覚えたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます