第14話/ひゅーまにてぃ?




 小学校で同じクラスになって以降、一蓮と慎也はずっと一緒にいた。

 一蓮が料理人を目指す切っ掛けも、慎也がべた褒めしたからだし。

 親に反対されてなお貫く勇気をくれたのも、大恋愛の果てに失意に沈んだときも何も言わずに側にいてくれたのだって慎也なのだ。


(祝福するぜ慎也……お前の恋、この僕が応援してやる!! でもそれはそれとして、女に親友を取られると思うと悔しいけどな!!)


 親友であるからこそ、自分と同じ失敗はさせたくない。

 恋愛は健全であるべきだ、そして。


(僕の超ウマい飯を食べて……美味しいという感情を共有!! なんて素晴らしい作戦!! 待ってろ慎也……、九院とイチャイチャしながら待ってろよ!!)


(なーんて考えてそうだよな、一蓮なら)


 親友の心遣いはありがたいのか、それとも。

 少なくとも、砂緒に指輪がバレるピンチは親友の乱入で突破したのは事実。

 その上、将来の天才シェフの夕食が食べれるのならと慎也は納得したのだが。


(…………嫌な予感がするんだよなぁ、砂緒が一蓮のコトさっきからずっと睨んでるし)


 待っている間にワイスピを見るという事になったので、夏に彼女が買って置いていったラブソファーに仲良く座ったのはいいが。

 砂緒は何故か、隣の慎也も映画も放置して台所で調理している一蓮に鋭い眼光を向けて。


(確か、都築くんだったよね灰海くんの親友の……。はぁ――助かったのか、残念だったのか……、けど仕切り直しが出来たのでよしっ)


 あのままだと、本当にキスしていたか、キスされていたかもしれない。

 それに加えて、見逃していた。

 慎也が身につけている指輪、それを確認する絶好の機会だったのに。


(逆に考えればいいんだっ、――ムードを作ればボディタッチの機会も増えて確認できるっ!!)


 しかし、そこで邪魔になるのは件の都築一蓮だ。

 だが、味方に出来れば慎也に対し有利になる。

 恐らくそれが最適解だろう、だが砂緒の心は冷え込んで。


(――――私が、男なんかを味方にするの? 男を当てにしなきゃいけないの?? ……そんなの、イヤっ!!)


 背に腹は代えられない、けれど男を頼るのは矜持が許さない。

 もし都築一蓮が女の子だったらよかったのに、とまで思うが。

 仮に女子だったとして、なら慎也に己よりも近しい女の子がいるという事で。


「…………イライラする、ちょん切ってやる??」


(なんかヤベー事を言い出したああああああああああああああ!? え、一蓮のチンコが狙われてるの!? 何したの一蓮!? 砂緒の恨みをどんだけ買ってるの!?)


 ボソっと呟かれた言葉を、幸か不幸か慎也は聞き逃さなかった。

 普段は甘い声であるのに、低く殺意が籠もった響きは砂緒が本気であるように思え。

 見過ごす事なんて出来ない、今の一蓮は料理に集中して無防備だ。


(一蓮を護れるのは――俺しかいないッ!!)


 なんという悲劇だろうか、恋人から親友を守らなければならないとは。

 だがやるしかない、完遂しなければならない。

 使命感に突き動かされた慎也の頭脳は、高速思考を始める。


(対話を試みるべきかな、でも言って止まるのか? 砂緒はいざって時にヘタレる癖に暴走機関車だし。なら物理、物理で何とかなるのか?)


 彼女の華奢な腕は見かけに寄らず豪腕だ、少々忘れたい事でもあるが彼女に組み伏せられ抵抗できなかった出来事がある。


(片腕で俺を持ち上げるもんな……なら――意識を反らすしかない)


 思考の全てを慎也自身に傾けさせる、それしかない。


(――視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚以外の全てだ。それでいて怪しまれちゃいけない)


 出来るはずだ、約一ヶ月の間を濃密に過ごしたのだから。

 今の彼女とその時の彼女は違うけれど、同じ。

 だから“ツボ”は理解している、躊躇いなど考えてる暇すら惜しい――。


(なんでこんなにムカムカしなきゃならないの? ……この私の自慢の拳で、ふふっ、それもありかもっ)


 砂緒の目がスッと細まったその時、横からからぐいと抱きしめられて。


「一蓮ばっか見ないでよ、それとも……俺に嫉妬させようとしてる?」


「ひゃうっ!?」


「ね、俺を見て、俺の事だけ考えてよ」


「み、耳元でなにっ!? 触んないでくっつかないでぇ……、ヘンなことしてるって、誤解されるから……っ」


 耳まで真っ赤にし、弱々しく抵抗する砂緒はとても可愛らしくて。

 慎也は嗜虐心に目覚めそうになったが、ぐっと我慢して使命を遂行する。

 全身の力を振り絞って彼女を己の膝の上に置き、続けざまに頬を両手で固定して。


(んんんんんんんんんんんんんんんッ!? な、なんなのっ!? なんでいきなり口説かれ――ってこれキス!? キスされるの!?)


「良い子だね砂緒、ふふっ、それとも誰かに見られる方が好みだった?」


(誰なのコイツうううううううううっ!? 少女マンガみたいなラブシーンするやつだったの!?)


「俺に集中してくれてない? なら……これはどうかな?」


 慎也は己の額と彼女の額を合わせて、心の中でガッツポーズ。

 これで砂緒の意識は全て己に向かったと、後は料理が出来上がるまでどう維持すべきか。

 流石にずっとこの体勢ではいられない、適度なタイミングで後ろから抱きしめる形にしなくては。

 一方で、キス待った無し熱烈見つめ合い中と混乱している砂緒は。


(こういう時どーすればいいのぉっ!! 目を閉じるのよねっ、で、でもアッチはすっごく見てるし、私が先に目を閉じたらキスして欲しいって言ってるようなもんじゃんっ!!)


 彼女は気づかなかったが、無理矢理脱出するとか、ビンタして怒るなどの選択肢は最初からゼロで。

 むしろ、イエスではいで肯定の三つしか答えはなく。

 だからどうやって己がリードするか、という方向に向かってしまって。


(ええーいっ、女は度胸っ!! たぶん記憶喪失の私も慎也くんとキスしてたからっ、で、でもっ、もし違うんだったらヘンな子って思われちゃうかもしれないし、だかっ、だから――)


 怖い、目を閉じてキスを待つのが、とんでもなく恥ずかしい行為に思える。

 だから砂緒は、本人的に挑発的な表情で。

 慎也から見ると、おどおどと恥ずかしそうな顔で。


「……そ、その……、しちゃうの、キス? したい、の? したいよね、う、うん、そうなら……」


(――――――――あれっ??)


「ね、ねぇ……何か、言って、言ってよ……っ」


(もしや……これはキスすると思われて?? い、いやだけどまだ罠の可能性があるよねッ、キスした途端に豹変して身包み剥がされる可能性あると思います!! でもキスしたいよねぇッ!!)


 ごくり、と唾を飲んだ音はどちらだっただろうか。

 砂緒は気持ちだけが夏の時に引っ張られているのに、勿論気づく訳がなく。

 慎也は激しく葛藤しながら必死に冷静な表情を保とうとするが、それが彼女には愛情が溢れる前兆に思える。


(ズルいよ、そんな目で見つめるなんて……私、先に目を閉じちゃうじゃん……っ)


(あばばばばばばばばばッ、砂緒がキス待ちになったあああああああああああああッ!? どーすんだよコレぇ!! 一蓮がいるのにっていうか、そもそも俺との記憶戻ってないよねぇ!?)


(ま、まだかな、ううっ、こんなコトになるならもっと高級なリップを付けてくるんだったっ)


(お、落ち着けェ、まーだ挽回出来るはずだよ、……で、でも? キスして記憶が戻る……って戻らなかったら卑怯者だよね??)


 なんとも奇妙な雰囲気に、流石に一蓮も気づいた。

 背後でイチャイチャしている波動がする、何を言っているかは判別できないが。

 ――つい思い出してしまう。


(僕もこんな時期が……なんでなんだのぞみ……)


(まだ、焦らすの……)


(考えが纏まんないよ!! これもうキスしちゃっていいよね!!)


 慎也がやけっぱちになった瞬間であった、ガチャリとドアの開く音と共に。


「お邪魔するよお二人さんっ!! 差し入れ持ってきたんだ……け、ど…………」


「――――のぞみ!?」


「ッ!? な、なんでいっくん――ごめん、今日は帰る!!」


「待ってのぞ――――…………くッ」


 突如始まって速攻で終わった修羅場に、慎也も砂緒もキスどころではない。

 当人である一蓮は、切なそうな顔で拳を握りしめて立ち尽くす。

 気まずい、非常に気まずい空気である。


「えっと、その……一蓮? 追いかけなくてもいいの?」


「気遣いは有り難いが、今追いかけてものぞみは……いや、言い訳だな。僕は――いや、何でもない。飯を作ったらすぐに帰るよ」


「…………出来ることがあるなら言ってよ。向き合わないと解決しない事ってあると思うんだ、俺が言える事じゃないけどさ」


「いや、言葉だけでも嬉しいさ。なら……今度、のぞみと僕と、お前達二人のWデートでもセッティングしてくれ。そこで話し合おうと思う」


「…………よく分かんないけど、それぐらいなら私も協力する」


「感謝する九院さん」


 そこからは、実にふわふわと気まずい空気だった。

 一蓮は言葉通り夕食を完成させると、すぐに帰ってしまい。

 残されるは当然、慎也と砂緒の二人。


「…………いただきます」


「いただきまーすっ、この枝豆のペペロンチーネ美味しそう! それに……ズッキーニのアボカドタルタル焼きかな? 盛りつけもお洒落っ! あ、写真撮っちゃおーっとっ」


 空元気な砂緒のはしゃぎ声が虚しく響く、料理はとても美味しいのに直前の出来事で味わう所ではない。

 言葉を何とか探そうと慎也が苦心する中、彼女はチラチラと彼の唇を見る。

 もう少しでキスしてしまう所だった、そしてそれを惜しいとも。


「――――ね、食べ終わったらさ……キス、しちゃう? 後で答えを聞かせてね」


 そんな事を平然と言いつつ食べ始める砂緒に、慎也は思わずフォークを床に落としてしまったのだった。


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