第10話/会いたくないの
放課後になり、モデルの野越のぞみに呼び出された慎也は予定通り教室を出発。
――少し離れた後ろで、砂緒が尾行しているのに気づかず。
(一蓮のことで話があるって……のぞみさんさぁ、どーして俺の親友が一蓮って知ってるの??)
間違いなく、面倒な恋愛ごとに巻き込まれる。
ただでさえ、己の恋愛が骨折気味であるのにとは思うが。
のぞみという女性には、砂緒ともども色々と世話になっているので断ることが出来ない。
(のぞみさんに会うって、バレないように……まぁ、砂緒は今日何もない日って言ってたし大丈夫か)
慎也が楽観視しながら電車に揺られドア近くで立つ中、隣の車両に繋がる所に砂緒は陣取って。
ブレザー制服姿に大きなサングラス、本人的にはちょっとした変装ではあるが。
元の美貌は隠しきれないし、訳アリですと雄弁に語るその姿が逆に目立って。
(ちょっと騒がしい? まー、芸能事務所が結構多いって話だもんね。有名人でも乗ってるのかなぁ……)
(もうすぐ事務所の最寄り駅よね、……まさかねっ。それにしても、今日はいつもより視線感じるなあ、何でだろうサングラスしてるのに、ま、いいやっ)
しかし、この後を思えば戦々恐々としている慎也は周囲を気にせず。
注目を浴びるのに慣れている砂緒は、深く考えずに彼の背中に熱い視線を送って。
故に気づかない、彼は彼女が背後に居ることに気づけない。
(――え、ここ? 事務所行くとき降りる駅だよね、まさか本当に……ウチの事務所でも行くの?)
(待ち合わせ場所はあの喫茶店だけど、普通に行けば砂緒の事務所の前を通るんだよな……もし事務所の誰かに見つかったら面倒だし…………遠回りするかぁ)
(灰海くんのカノジョさんって……芸能人の可能性!? え、灰海くんだよ?? 私のストーカー(推定)で、カノジョさんにひと夏の恋で捨てられた灰海くんに……芸能人のカノジョ?? えー、そんな、まっさかぁ……まさかぁ??)
(そーいや変装して待ってるとか書いてあったっけ、変な格好してないといいんだけど……)
少しずつ不安な気持ちが大きくなる砂緒は、見知った道を歩き続ける慎也の背中を穴が空くほど見つめながら追って。
その気迫に、誰もがすわ修羅場かと道を開ける。
一方で慎也は、先月の事だというのに妙なノスタルジックに陥っていた。
(ここらも砂緒と一緒に歩いたよな、記憶喪失でも仕事を頑張りたいってさ、でも寂しいから一緒にって……、事務所の人たちもイイ人ばっかだったなぁ)
臨時マネージャー補佐として雇って貰え、高校生にしては破格のアルバイト代もあった。
今思えばそれは、彼女のメンタルケア代なども含まれていた気もするが。
(砂緒の状態はアッチも知ってるだろうけど、俺も顔見せがてら話を通しておかなきゃ。…………社長さん、怖かったもんなぁ)
あれは絶対に、ウチの娘は嫁にやらん的なやつだった、と慎也は頷いた。
かの社長は、砂緒の保護者の女性弁護士の夫で。
幼い頃から娘同然に可愛がっていたという話を、長々と聞かされたのは記憶に深く刻まれている。
(…………これ、砂緒に夏休みの記憶が戻らなくて。そんでもって今の砂緒の好意も勝ち取れないとなると…………)
砂緒の事は忘れて近づかないで欲しい、とあの社長なら絶対に言うだろう、確信が持てる。
慎也の肩に、プレッシャーがのし掛かる中。
彼の目的地が行きつけの喫茶店だと気づいた砂緒の表情は、どんどん曇っていった。
――――慎也は、喫茶店の中に入って。
(ここ……ウチに所属してる子達の……、まさか本当に?)
どうして、胸がこんなにチクチクするのだろう。
彼はストーカーで、協力者で、クラスメイトで、ただの手掛かりの一つで。
それだけなのに、恋人がいると分かっているのに、どうして、どうして、どうして。
(イヤ、イヤっ、見たくない、見たくないのに――)
自分で自分が分からない、何故こんなにも不安なのか、今すぐにでも中に入って引き留めたい。
そんな感情が、言葉にならず衝動として砂緒に襲いかかる。
気づけばサングラスを外して、バキッと握りつぶしており。
一方で入店した慎也といえば。
「やっほ、慎也君。悪いわねワザワザ来て貰って」
「のぞみさんの呼び出しなら喜んで行きますって、――それにしても、見事な変装ですね。声を聞かなきゃ分かんなかったですよ」
「でしょー、万が一でも会っちゃダメな人がいるから、得意になったのよ」
「うーん、詳しく聞きたくないので帰っちゃダメです?? あ、ダメですよねハイ……」
ショートカットにパンツスタイルが普段ののぞみの格好ならば、今の彼女は三つ編みお下げでロングスカートな若奥様然とした格好。
メイクの力で強い印象の目も、おっとりな感じに仕上げており。
熱心なファンでも、言われないと気づかないだろう。
「マスター、彼にコーヒーを一つ。――今日はご馳走してあげる、ケーキも頼む? ここは絶品……ってデートで使ってたし知ってるか」
「その節はまことにお世話に……」
「なーに畏まっちゃってるのよ、それで早速だけど本題入っていい?」
「……一蓮の話ですか」
もう少し心の準備期間が欲しかったが、致し方ない。
慎也は爆弾処理をする面もちで、憂鬱そうなのぞみを見た。
「驚いちゃった、まさか君がいっくんと知り合いだったなんて……」
「俺も驚きましたよ。一蓮とは小学校の時からの親友だけど、のぞみさんの事は何一つ聞かされてませんでしたから――でも、中学の時、アイツが一時期ちょっとアレな感じだった時、そうなんですね?」
「やっぱ分かっちゃうか……うん、そうだね、そこまで分かってくれるなら、私が君に頼むコトは一つ。――悪いけどスパイをして欲しいの」
「…………一蓮を監視して、のぞみさんに伝えろと?」
「監視っていうより、うん、私は会っちゃいけないから、……あの子にも、会わせてあげられないから」
後悔に満ちたのぞみの表情を前に、慎也は何と返せばいいか分からなかった。
あの子、きっと彼女の子供の事だろう。
そして彼女はシングルマザーで、一蓮とは会えなくて、でも知りたくて。
「…………知ってるんですか?」
「ううん、知らない筈、何も言ってないもの。子供がいるのは公表してるけど年齢はサバ読ませて貰ってるから……むしろ、裏切られたって思ってるかも」
(これ、いっその事さぁ。無理矢理会わせちゃった方が解決するんじゃない?? ……機会があったら砂緒に相談するかなぁ、でも砂緒の記憶が戻らないと――)
慎也ものぞみも、あえて具体的には言わなかった。
だが、子供の父親が誰かなんか明白で。
二人の間に何があったのかは分からない、けれど。
「報告は週一ぐらいでいいですか?」
「――ホント!? 引き受けてくれるのねっ!! 最低でも休日に何処に遊びに行くとか教えてくれれば私も避けやすいから助かるわっ」
「わわわっ、分かりましたから分かりましたからッ、ちょっと手、強すぎですよッ!?」
「あ、あら、ごめんなさいね慎也君……」
感激したのぞみは、満面の笑みで彼の両手を己の両手で押し潰さんばかりに包み込み。
そしてそれは――、窓から鬼のような相貌で凝視するお姫様がバッチリ目撃しており。
瞬間、ぷっつんと彼女の中で何かが切れた音がした。
(だめ、だめだめだめだめ、だめなの……)
カランカランとドアの鈴が鳴る、幽鬼のようなふわふわとした足取りでお姫様が歩いていく。
入れ違いになった他の客がギョッとし、喫茶店を経営する熟練のマスターが制止するより早く。
彼女はカウンター席に残されていた水のコップを手にして、慎也の背後に立つ。
「こーんな所でどうしたのかな、この浮気者っ」
瞬間、彼の頭にドバっと水が注がれて。
聞き覚えのありすぎる声と目を丸くして驚くのぞみの顔に、思わず冷や汗がドっと出てくる。
「………………あっるぇ??」
「ちょっ、大丈夫慎也君ッ!? 何やってるのよ砂緒ちゃん!?」
「………………あ、あれっ? え、なんで私……、え、あ、あわわわわわっ、ごめっ、ごめんなさーーいっ!?」
「あ、大丈夫です皆さん、修羅場じゃないんで、はい、お騒がせして申し訳ないです。――あ、砂緒も席に座りなよ、何か頼む? 今日はのぞみさんの奢りだって」
喫茶店のマスター以下、居合わせた数人の客から。
どうしてこの少年は、こんなに冷静なのかと驚嘆の視線を送られたが。
(うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! これ嫉妬だ、たぶん嫉妬だぁ!! 本人的には無意識の産物っぽいけど…………これはチャンス、大いなるチャンスだ!!)
慎也としては、周囲の視線を気にしている場合ではない。
千載一隅の機会かもしれないのだ、逃すわけにはいかない。
己の行動に困惑し、席で縮こまる砂緒に向かって彼は笑いかけて。
「俺がなんでのぞみさんと会ってたかは、後でのぞみさんに教えて貰ってよ。それよりさ……デートしよう九院さんッ!!」
「はぇっ!? で、デデデデデートっ!? なんで私が――」
「あー、冷たいなぁ、寒いなぁ、頭から水かぶって風邪引いちゃうかもなぁ」
「ぐぐっ、わ、分かったよぅ…………」
「場所は君に任せるっていうか、日記の中の場所を後で教えてよ。完璧なデートにしてみせるッ、そうと決まれば今から準備だね、ちな明日の放課後……じゃなくてサボって朝からにしようか、病院近くのコンビニに集合で!! じゃあまた明日!! あ、のぞみさんご馳走さまです、依頼の件はまた連絡するんで――――」
ひゃっほうと、砂緒は慎也に対する感情を全て忘れた訳ではなかったと小躍りしながら彼は喫茶店から出て行って。
残されるは呆然とする砂緒と、苦笑するのぞみ。
数分間に渡って百面相をしていた砂緒は我に返ると、真っ赤な顔をおずおずと敬愛する先輩モデルに向けて。
「の、のぞみ先輩……、デートって、何着ればいいのぉ!?」
「はいはい、相談に乗ってあげるから。砂緒ちゃんはもう少し冷静になりましょうね」
ともあれ、調査という名のデートが明日に決まったのであった。
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