第9話/俺はまだフラてないったら!!
一晩ぐっすり寝れば、精神的不調もリセットされるのが砂緒という女の子だった。
一度家に帰り、登校する前にシャワーを浴びるためにも朝食の誘いを断り。
「で? 答えは出た?」
「九院さん、俺は君に協力するよ」
「ふーん、それ、私の為って感じじゃないよね?」
「勿論、いいように使われる下僕は嫌だからね。――こっちの条件も呑んでもらう」
へーえ、と明るい声を出しながらも砂緒の目は鋭くなった。
慎也の落ち着いた雰囲気には、何かしらの覚悟を決めたような方向性が見えて。
(――油断すると思った? そんな訳ないじゃん、忘れてないよ灰海くんがストーカーだって)
(悪いけど、逆手に取らせて貰うよ。君の望みも、俺がストーカーだって認識も、――側にいて、記憶を取り戻す足がかりにするんだ)
朝日が差し込む部屋で、ちゃぶ台を挟み正座で対面する二人。
人々の生活音が薄い壁の外から微かに響く中で、静かに火花が散り始める。
「――条件って言ったよね、それって何?」
「九院さんは恋人だった男を探したい、俺は……連絡の取れなくなった恋人を炙り出そうと思う」
「協力する代わりに、そっちにも協力しろって?」
「対等にしない? これは九院さんにも利益のある話だと思うんだ」
「イヤ、男と対等なんてお断り。灰海くんが下僕になる以外はナイと思うなぁ」
にこやかに告げたその顔は、砂粒ほどの笑顔も浮かべておらず。
だがそれは想定内、慎也も笑い返して。
「もしかして……俺と対等と接してさ、惚れちゃうって怖がってるの?」
「は? バカなの? 鏡見て顔洗ってきたらいいと思うよ?」
「まぁ、仕方ないか。過去の男から逃げようとしてる君と、愛する恋人を探そうとしてる俺じゃあ色々違うよね、うん、悪かったよ。もう一つの条件さえ呑んでくれたら下僕扱いでもいいさ」
「喧嘩売ってる?? ね、買うよ? こう見ても腕力は男の子よりあるんだよ??」
「ごめんね、煽ったつもりはなかったんだ。――でも俺は信じてるから、九院さんがこんな安い挑発でぶん殴ってくるような短気な男みたいな子じゃないってさ」
「~~~~~~ッ!!」
砂緒の眉が釣り上がった、だがここで手を出せばストーカーの目論見通りかもしれない。
拳をわなわなと震わせ、無理矢理に笑顔を作りながら彼女は反撃に出る。
「ひと夏の火遊びで捨てられたコトに気づかない男の子って哀れよだねぇ、勘違いしちゃって可哀想としか言えなーいっ」
「そう? カノジョの口からはっきり聞くまで結論は出てないさ。君こそ――記憶喪失の間に恋人がって言ってたけど……捨てられた復讐をしようとしてるんじゃないの?」
「ちーがーいーまーすぅ~~、灰海くんこそ捨てられたって気づくべきだよーっ?」
「はー?? 俺はまだフラれてないったら!! だいたいね、カノジョは俺に愛の証として――、あ、これはナシ、今のナシ」
「ふぅん? それ、愛の証じゃなくて別れのプレゼントだったんじゃないの?」
砂緒の言葉に、慎也は顔をくしゃっと歪めると。
シャツの下のネックレスの、指輪を握りしめる。
そして俯いたあとの表情は、とても真剣なもので。
「――――頼む、君に協力するから……俺にも協力してくれ、少しでもカノジョに近づきたいんだ」
今にも泣きそうな声、でも力強い声。
縋る目つきではない、ギラついた、獲物を逃がさないとでも言うようなソレ。
「そんなに……」
そんなに求められていて、どうして灰海慎也の恋人はいきなり消えたのか。
九院砂緒の心はざわめく、羨ましいと、自分ならと、逃げていいのかと。
彼はストーカーで、己を狙う嘘かもしれないのに。
「…………いいよ、灰海くんの言う条件、呑んで上げる。対等にしてもいい」
「九院さんっ!!」
「これは同情しただけ、それだけなんだから勘違いしないで。――それで? 条件って何」
「簡単な事さ、君の捜し物の方をメインでいい、でも一緒に探そう、それで……少しだけでいいから恋人っぽくして貰いたいだ」
彼はさっき炙り出すと言っていた、つまり、学校や町中で恋人のフリをし向こうからの接触させる作戦だ。
砂緒は一瞬、とても理に適った提案だと受け入れそうになったが。
「それ、灰海くんの恋人に浮気相手って私が思われちゃう危険性があると思うんだけど?」
「君の恋人から、俺がそうだって思われる危険性があるね」
「じゃあダメじゃん」
「――全ての責任は取るよ、誤解が発生したら解けるまで説明するし、九院さんを危険な目にあわせない、出来る限り側にいて守る」
「ふぇっ!?」
慎也の台詞には確固とした自信に溢れていて、砂緒の胸はとくんと甘く高鳴った。
とはいえ彼からしてみれば当たり前だ、砂緒が探しているのは己であり、己が求めている人も砂緒。
誤解が産まれようがない、だが彼女が分かる筈がなく。
「ま、守るって、そういうコトは恋人さんに言ってっ」
「今、俺が守るのは九院さん……君だけだ」
「うううっ、そのクッサイ台詞やめてっ、ムズムズするからぁ……」
「嘘だと思ってる? ……なら今から実行しよう、九院さん家に帰るんだろ? 今度は最後まで送る、シャワーを浴びて着替えるまで家の前……いや違うな、浴室の前で待ってる」
「本性現したなストーカーッ!? 恋人がいるのになんて浮気者っ!!」
照れてるのだか怒ってるのだか忙しい砂緒に、慎也は微笑んで。
寂しがり屋で甘えん坊な彼女も好きだが、今の攻められるのに弱い彼女も。
「――好きだよ九院さん、カノジョを思い出すなぁ」
「~~~~~~ッ!? ヘンな言い方しないでっ」
「ごめんごめん、でも外では恋人のフリをするんだよ? 少しは慣れてくれないと……」
「灰海くんはどんな感じで接してたのっ!? なんでそんなっ、キザったらしく迫るの禁止っ!!」
両腕で体を抱きしめガードの構え、ふしゃーと威嚇するお姫様は可愛らしくて悪戯心が沸き上がる。
おもむろに慎也が立ち上がると、砂緒は敏感に察知し傍らの鞄を手に取りて立ち上がる。
「ああ、もう出発する? ――そうだ、予行練習の一つとして靴を履かせてあげるよ。カノジョってば甘えん坊だったからさぁ、外でも新しい靴を買うときにやってたんだ」
「どんだけバカっプルだったの!?」
「カノジョが料理する時にさ、完成するまで抱きしめててって言うからしたんだけど……バカップルに入る??」
「バカップルそのものじゃんっ!?」
「そっかぁ、でも考えて欲しい。――記憶喪失の間の恋人と君がそうした可能性があるんだよ?」
「…………ウソ、ウソウソウソよっ、もっと大人な恋愛してた筈だーもーんーっ!!」
知らぬが仏とはこの事か、砂緒は顔を真っ赤にして否定する。
それを見た慎也としては、思わず苦笑する。
(これ、真実を言ったら激怒して殴ってくるかもなぁ……)
胸の奥がチクリと痛む、本当に忘れていると、あの夏を覚えていないのだと突きつけられる。
今の彼女と楽しい一時を過ごすほど、側にいる程、辛くなっていくのだろう。
「――何も言わないで、側にいて、か……」
「うん? 今なにか言った? 小さくて聞こえなかったけど……」
「何でもないさ」
「そう? なら私は帰るから……その、着いてきたいならそうして、でも家には入れないからねっ、ドアの外で立って待ってて!!」
「はいはい、じゃあエスコートしますよお姫様」
以前の彼女の言葉はきっと、嫌いと言いたくないから、という理由だけではない。
慎也が辛くならないよう、思いやった言葉だったのだ。
それは恐らく、今の彼女へ向けた、前の彼女の嫉妬もあったのだろうが。
「ちょっ、足っ、自分で履けるからぁ……っ」
「いやいや、俺にさせて――あ、ちょい待ち、なんか連絡来た」
「やたっ、この隙に――、じゃじゃーん! 残念でした灰海くん、もう履いちゃったもんねっ」
「…………あー、うん、そだねぇ」
(あれっ? 生返事? なんか……ヘンな感じ、上の空っていうか、…………もしかして女っ!? 例の女からの連絡にしては、嬉しそうでも悔しそうでもなく……むしろ難しい顔?)
スマホを前に、どーしたものかと顔の書いていそうな慎也の姿に。
女の勘というべきか、砂緒は妙に気になって。
決して、己から関心を奪われたのが気にくわない訳ではなく。
「――ごめん、今日の放課後に用事が出来た。九院さんのスケジュールどうなってる? 仕事あるなら君を送ってから行くつもりだけど……」
「…………ふーん、さっきの今で例の男を探してくれないんだぁ。せっかく今日はお仕事ないのになー」
「ちょっと別件でね、埋め合わせはするよ」
「ま、いいけど? ――埋め合わせ、期待してるからね?(よしっ、放課後になったら尾行しちゃおーっと)」
もしかしたら慎也の弱みを握れるかも、と砂緒の心は踊り。
そうとも知らず、彼は小さくため息を吐いたのだった。
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