第6話/犯人は現場に戻る
時は少し遡る。
『――もしかしたら、相手の男の子も砂緒ちゃんのこと探してるかもよ? 例えば……初めて出会った場所とか、ロマンチックだと思わない?』
そのアドバイスに従って、砂緒は日記を頼りに日付が変わった直後の時間から探し始めたのであるが。
(悪いことしちゃった、私のコトばっかりでのぞみさんの用件を結局聞けなかったし……)
次に会った時は、必ず聞こうと心に決めて夜の町を歩く。
都会ではあるがベッドタウン故に、大通りなのに人通りが少ない道。
深夜帯でもあって、まるで世界に自分しかいないような錯覚。
(不思議……、ちっとも寂しくない。一人って嫌いなのに)
心なしか、心が弾んでいる気がする。
だからこそ。
(気にいらない、もしこの変化が例の誰かの所為なら――)
その変化を、どうして受け入れられようか。
しかも相手が男だ、卑怯にも記憶喪失という隙につけ込み恋人に収まり。
記憶が戻った後は名乗り出てこない、連絡すら寄越さない相手だ。
――でも。
(違うって、そう思っちゃう。……そういえば、この辺ってアイツの家から徒歩圏内なのよね)
ふと思い出した、クラスメイトでストーカーの男子。
平凡な顔と体、性格も特筆すべき事はなく。
成績だって良いとも悪いとも聞かない、強いて言うなら夜の散歩が好きだと聞くが。
「――げ、なら会っちゃうかも」
もしや夜の散歩という趣味は、ストーカー行為の隠れ蓑なのではないか。
ありえる、砂緒は慎也の顔を思い浮かべながら嫌そうな顔をした。
しかしこれは奇貨かもしれない、今夜遭遇するなら例の日に目撃しているかもしれないと。
(地面を探すフリでもしながら歩いてみる? それとも――あ、確かこの先にコンビニあったよねっ)
そこで待ち伏せしていれば、もしかすると。
一時間ほど粘って、姿が見えなかったら仕方がない。
だがもし会えたのなら、その時はストーカー確定で。
(どんな手を使ってでも下僕にしちゃうっ! そして捨て駒にしても例の男を――)
そうと決まればコンビニへ行くしかない、中のイートインで待つか、それとも駐車場の陰で待つか。
そうして手前まで来た時だった、前から誰かが歩いてきて。
「――――あ、やべッ」
「へ~~え、奇遇だね灰海くん?」
「ほんと奇遇だ、じゃ夜道は危険だから気をつけ――ぐぇッ!?」
「なに逃げようとしてんの? こーんな美少女を前に失礼じゃない? それとも……何かやましーコト、あるの?」
「は、はははっ、ちょっと言いがかりがすぎるって気がしない? しないよねぇ……!?」
やってしまった、どうしようと慎也は冷や汗をかく。
のぞみの善意とい名のセッティングでこうなってしまった訳ではあるが、しかして全てを話す訳にはいかず。
どうしたら誤魔化せるか、言葉に詰まる彼であったが。
「もう逃がさないよストーカーさん」
「それは待って欲しい、大いなる誤解だ」
「ウソっ、ストーカーじゃなきゃなんでココで会うのよっ!! 貴方みたいな陰キャなんて夜中に出歩いてストーカーするって相場が決まってるの!!」
「すっごい偏見っ!? 断固として抗議するッ、君は世の中の夜の散歩勢を敵に回したぞ!!」
「私は美少女だから惚れるのは理解できるけど……ストーカー行為は犯罪なんだから罪と罰が必要だと思わない?」
砂緒は手をわきわきさせて捕獲の構え、その姿は威嚇する小動物のような可愛らしさがあったが。
内に秘めたるパワーは、ゴリラだと慎也は知っていた。
このままだと昨日の路地裏の再現だ、ならばと彼は意を決して。
「――本当に、勘違いなんだよ」
「言い訳を聞いてもらえるって思うの?」
「そもそもさ、――俺、カノジョいるよ??」
「………………はい??」
裏切られると分かっていて、僅かな希望と期待を含ませながら。
真実の一部を、打ち明けるコトを選んだ。
嘘はつきたくない、けど、全ては言えない。
「えっ、ってコトは私の勘違い――いやちょっと待ってっ、証拠! 証拠見せてっ!! 写真とかあるでしょ?」
「ちょっと待って……はいこれ」
「どれどれ……へぇ、これが……確かに恋人っぽいけど、何で彼女さんの顔が写ってないの?」
「――――少しだけでも、愚痴を聞いてもらえないかい」
「う、うん?」
ため息まじりな寂しそうな声色は、悲しい雰囲気がどっぷり含まれており。
砂緒は思わず頷いてしまった、とても気になる、と。
これは決して興味本位ではなく、嘘を見破るためだと己に言い訳しながら。
「カノジョとは夏休みずっと一緒だったんだ」
「デート三昧ってこと?」
「そう、俺の趣味にも理解のある子でさ。こうして一緒に深夜の散歩をしてくれたんだ、晴れの日も雨の日も。昼間にデートだってしたよ、この辺のデートスポットは軒並み制覇したんじゃないかな?」
「――幸せだった?」
「うん、幸せだった」
そう言い切った慎也の目は切なさを帯び、もしこれが嘘であるなら砂緒は人間不信に陥るかもしれない。
彼は慕情が込められた視線で彼女を見て、砂緒はそれが己に向けられた物だと錯覚しそうになった。
慎也は彼女を通じて、そのカノジョを見ているはずなのに、何故か己であるように感じる。
「とっても情熱的で、寂しがり屋で、――告白は向こうからだったけど、いつの間にか俺は幸せにしたいって思ってた」
「思ってた? 過去形なの?」
「――待ってて、そう言ってさ……夏休みの後から連絡が取れないんだ、まだ二学期始まったばっかりだけど……正直ちょっと辛い」
「そう、それは……」
捨てられたんじゃないの、と冷たく返すことが砂緒には出来なかった。
それだけはしてはいけない、心がそう悲鳴をあげて。
体が自然に動いた、俯く慎也に抱きついて背中をぽんぽんと優しく叩く。
「大丈夫、大丈夫だよ、私はカノジョさんじゃないから保証はできないけど……きっと、そのヒトもそんなコトを言わずに一緒に居たかった筈だから」
「…………あり、がとう、嗚呼――優しいんだね九院さん」
慎也の体は寒そうに震え、砂緒には恋人を逢いたくて辛いのだと思った。
けれど彼の辛さは彼女が想像するのとは違う辛さだった、痛みとも言える。
(心がさ、張り裂けそうな痛みってこういうコトかい? ねぇ砂緒……)
こんなにも近くに居るのに、彼女とは心が繋がっていない。
何も覚えていないのに、恋人だった時と同じように優しくて、暖かくて。
泣いてしまいそうだった、全てを告白したかった、でも出来ない、他ならぬ彼女がそう望んだから。
(このまま抱きしめられたら……)
慎也は拳を強く握りしめ、唇を噛んで我慢する。
少し上を向いて、涙がこぼれてしまいそう。
大きく深呼吸を一つ、壊れ物を扱うような慎重さでゆっくりと彼女の肩を押して体を離す。
「ごめん、ありがとう。万が一カノジョに見られちゃったら誤解されちゃうかもだから」
「――っ!? ご、ごめんっ、私こそ考えなしに……っ」
「九院さんの用事は終わった? まだなら付き合うし、終わったなら家まで送るよ」
「き、今日はもういいの、うん、帰る……」
「なら帰ろうか」
顔を見られないように、慎也は先に歩き出した。
砂緒もそれに続いて、でも見てしまった。
(あんな顔、するんだ)
今にも泣いてしまいそうな顔、無性に彼の恋人に腹が立つ。
(どんなヒトなんだろう)
つい先日までは歯牙にもかけないクラスメイトだった、名前さえ覚えていない風景の一部で。
そんな存在にも、愛する誰か、愛してくれる誰かが居る。
なら、砂緒の恋人だった人物は。
(どんなヒト、なんだろ……)
きっと最悪の男、その筈だ、男なんて性欲だけで動く最低の生き物。
でも。
(なんか、落ち着く)
振り向いて確認しなくても、彼は半歩だけ前で歩幅を合わせてくれている。
手を伸ばせば繋げる、そんな距離を保って。
それに気づいてしまったら、とくん、とくんと甘い痛みが砂緒の胸に響く。
(気のせい、気のせいなんだから、コイツが変にしおらしいから同情しただけ、それだけ……)
わき上がる感情を振り払うように前を向けば、いつの間にか自宅マンションの近くで。
「こっ、ここまででいいからっ、貴方なんかに家を知られたくないのっ」
「分かった、――じゃあ、もう近くなんだろ? 気をつけて…………おやすみ、また明日、九院さん」
「おやすみ、また明日……」
彼は寂しそうに笑うと、そのまま帰って行った。
砂緒はその背中が見えなくなるまで見送って、いざマンションに入ろうとした瞬間。
「――――どうして?」
何故、彼はこのマンションまでの道筋を知っていたのか。
クラスメイトには教えていない、学校の中では教員しか知らない筈。
(~~~~っ、騙されたっ!! やっぱりアイツ、ストーカーだったじゃんっ!! 明日絶対にとっちめてやるぅ!!)
今度こそ逃がさない、その為なら。
「手段を、選ぶな――」
マンションのエントランスにて。
砂緒の目が、ギラリと光ったのであった。
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