第5話/それぞれの放課後



 慎也が一蓮と一緒に過ごす場所といえば、駅前のゲーセンが多い。

 ファーストフードでダベったり、深夜散歩に着いてきたりというのもあるが。

 こと、高校に上がってからは慎也が一人暮らしというのもあって、部屋でダラダラ過ごしたりゲームして遊ぶ事も多く。


「いやー、今日もご飯作って貰ってサンキュー。夏休み中は部屋に一回も来なかったから、そろそろ一蓮の味が恋しかったんだよ」


「嬉しいことを言ってくれる、お前は僕にもっと感謝するべきだぞ? 未来の天才料理人の腕前を味わえるんだからな」


「いつも感謝してますって、――で? 今日のメニューは?」


「財布無いんだろ? 作り置きできるカレーだ。…………で? そろそろツッコンでいいか?」


「いや、話があるって言ったのはソッチじゃん?」


 台所に立つ一蓮は、ちゃぶ台の前でウキウキと座って待つ慎也とジトっと睨んだ。

 料理人を目指す一蓮は今年の夏の間は親戚の店で修行をして慎也と遊ぶことも、この部屋で料理を作ることも出来なかった。

 それは仕方ない事だ、しかし……。


「お前、ろくに自炊しないよな?」


「自慢じゃないけど、簡単なのしか作らないね。だって一蓮が作ってくれるし」


「…………僕が置いた覚えのない調味料があるし、配置も変わってんぞ? それになんだ? 歯磨き用のコップの中に入ってる歯ブラシ……、――テメェ、僕に黙って女に手を出したのか!!」


「どーして一蓮は、そう誤解されるような言い方するんだい??」


 浮気者と言い出しそうな親友を前に、慎也はあちゃーと苦笑した。

 夏休み終盤、砂緒と同棲状態になった部屋のままだったからである。

 なんなら、買い足したカラーボックスの中には彼女の私物や着替えがまだ入っていて。


「お前ッ、僕の許可無くこの台所を触らせたなッ!! 一年かけて使いやすいようにコツコツ改造してきたのに! それに――部屋に女物が溢れてるんだよ!! なんなら玄関に女物の靴が堂々とあって流石に気づくわい!!」


「そう言いながら作り始める君って、尊敬に値すると思うんだ」


「あったりまえだッ、僕こそは――未来の天才料理人にしてお前の親友!! ……今日は絶対に美味いと言わせてやるッ、僕の知らない間に作りやがった女の手料理より超絶美味いカレーにしてやるッ、明日会話できないぐらいニンニクたっぷり入れてやる!!」


「やった!! 超うまいヤツじゃんそれ!! ええっと、どっかにブレスケアがあった筈だけど……」


「テメェそんなの持ってるような人間じゃねぇだろッ、吐けッ、僕という親友に隠れて作った恋人は誰だぁ!!」


 帰る直前い言っていた、頼みごとの話とは何だったのか。

 一蓮は野菜を手早く切りながら、背後でのんびり座って待っている慎也と問いつめる。


(言っても……いいのかなぁ、うーん、一蓮なら砂緒に何も言わないだろうけど、でもなぁ……)


 今度は慎也が一蓮をジトっと睨んだ、彼とは長い付き合いであるが。

 故に、踏み込んで聞かない事だってある。

 その中で、一番気になっているのは。


「君が中学の時のアレを話してくれるならいいよ」


「いいぞ」


「だよね、一蓮って自分の恋愛は――――うん?」


「だから、いいぞ」


「ええっ、何で!? 前は何度聞いても話してくれなかったから俺の中でタブーになってたアレを話してくれるって言うのかい??」


「おう、だから慎也も話してくれ。……財布、無くなった原因って九院だろ」


 トントンと心地よい音の中で放たれた球種はストレート、中学の時のアレ以降、鋭くなった彼の勘に慎也は舌を巻いて。

 そこに感づかれたのなら、話すしかないのかもしれない。

 どこから話したモノか、と慎也は悩んだ末に。


「…………砂緒がさ、夏休みの最初の方に入院してたの知ってる?」


「いや知らないだろフツー、女子の中でも私生活を知ってる奴が皆無って話だろ? なんで知ってんだよ」


「まぁ、簡単に言うとね。それで砂緒は記憶喪失になってたんだ、そんでさ、――なんやかんやで恋人になった」


「話の流れ的にはそうだろうな、……でも教室ではそんな感じがしなかったぞ? むしろ……」


「夏休みの終わりに記憶が戻ったんだけどね、――俺のこと全部忘れちゃったみたいで」


 その口調は軽やかであった、しかし声は震えていて。


「なるへそ、言ってないのかお前」


「言わないでって、記憶喪失の時の砂緒に頼まれちゃってさ」


「いいのか?」


「やれるだけやるさ、まぁ昨日は財布を犠牲に逃げちゃったんだけどね、俺が俺をどうやって探せって言うのさ……」


「面倒なコトになってんな、――僕に出来るコトがあるなら遠慮せず言えよ、真夜中でも駆けつける」


「ありがと、じゃあ次は君の番だ」


 ジュージューと肉を焼くいい匂いがする中、一蓮は至極あっさりと答えた。


「九院って読モやってるだろ? 実はその繋がりの中で知り合いなんだ、僕の元カノ。僕の元カノっていうか、僕としてはまだ別れたつもりないっていうか、まぁそういう存在が居るんだよ」


「なんでそんなコト知ってるの?? 実は随分と未練あるよねそれ?? というか中学のアレ、端から見てて大恋愛っぽかったけどフられてたの!?」


「うっさいッ、僕はまだ諦めてないッ、つーか歳の差だけで諦められるかよ!! それに……い、いや兎に角だ、もし慎也が九院経由で知り合ったなら、話し合いの場とかセッティングして欲しいんだよっ」


「ははぁ、君も難儀な恋をしてるねぇ……」


「お前が言うな!! つーか協力してやるから明日には財布取り返して来いよ!! それから見てないで米ぐらい炊け」


 そういえばそうだったと慎也は立ち上がった、カレーに白米がないなんて許し難い暴挙である。

 お互いの事情が奇妙な噛み合いをみせて、砂緒のことは何も進展していないのに。

 慎也の心は軽くなって、全てが上手くいく様な錯覚すらあった。


「ところで、一蓮をフった女の人って?」


「野越(のこし)のぞみ、シンママモデルで……どうした変な顔して、知ってるのか?」


「いやーあらためてさ、世の中って狭いなぁって」


 慎也が曖昧な顔で笑った一方でその頃、件の砂緒はと言えば。


「おーいっ、こっちっ、こっちっ! のぞみセンパーイ」


「ごめんね砂緒ちゃん、待ったでしょう。――あ、注文お願いします、カフェラテを一つ」


「いいえー、私も打ち合わせが長引いたんで、十分も待ってないです」


「そう? ならよかった……」


 彼女の現在地は読モとして所属してる芸能事務所、隣の市にあるオフィスの近くにある喫茶店であった。

 昔ながらの純喫茶という雰囲気や、裏通りにあることもあってモデル仲間の中でも評判の店。

 今日の砂緒は、シンママのモデルとして事務所の中でもトップクラスに稼ぐ先輩、野越のぞみと待ち合わせをしていたのだった。


(悔しいけど、先輩って今日も綺麗~~っ、憧れちゃうなぁ、子供も小さいのにシンママとして独り立ちして、モデルとしても引っ張りだこだし)


 すらりとした背に、ショートカット。

 整った顔立ちに、意志の強い瞳、そこにパンツスタイルとくれば。

 誰もが、第一印象で強い女性だと感じるモデル。

 ふわふわお姫様な外見の砂緒からしてみれば、理想の女性そのもで。


(――――この様子だと、やっぱり夏休みの間の記憶が消えちゃってるみたいね)


 以前通りに憧れの眼差しを向ける後輩を見て、のぞみはそっと嘆息した。

 元より彼女とは不思議と馬が合い、歳の離れた妹のように可愛がっていて。

 そんな、妹同然の存在が入院したと聞かされたのは約一ヶ月前の事。


「すっかり元の砂緒ちゃんに戻ったわね」


「あはは……、その節はどうもご迷惑を。覚えてないんですけど、いっぱいお世話になったみたいで……」


「大したことはしてないわ、でも今日はね、その借りを返して貰おうと思って」


「借りを返す? 別にのぞみさんなら、そんなのなくったって力になりますけど……」


 怪訝な顔をする砂緒を前に、のぞみはぐるりと思考を巡らせる。

 悩み事は二つ、一つは可愛い後輩の恋模様。

 大したことはしていない、とは言ったが。


(夏休みの時みたいに、素直に全部話してくれないのでしょうねぇ……)


 記憶喪失になっている間も、砂緒は読モの仕事をしていた。

 のぞみは当然のようにフォローに入り、恋愛相談にまで乗っていた。

 つまり、今の彼女の状態を、愛する彼氏の存在を忘れてしまった事を把握しており。


「はれ? 私の顔に何かついてます?」


「何でもないわ、記憶喪失の時を忘れちゃったみたいだけど不都合はない? そう、何か変わったこととかは?」


「――――そうっ、それっ、……ねぇのぞみさん、夏休みの時に、その……わ、私に……卑怯にも記憶喪失を利用して恋人になった卑怯な男がいたって、誰か知ってます!?」


「残念だけど……ああ、でもそうねぇ、同い年ぐらいの子と歩いているのは見たけど、後ろからだったし詳しくは知らないわ」


「くぅ~~っ、なんて用心深い男っ、う゛~~絶対に許さないんだからぁ~~っ!!」


 顔を真っ赤にして悔しそうに怒っていても、どこか可愛らしいお姫様の姿にのぞみは苦笑して。

 会話の切れ目を見計らって届けられたカフェラテを一口、ズボンのポケットからスマホを取り出す。


(ワタシの用件は後日でも……、ううん、砂緒ちゃんじゃなくて慎也君の方が適任かもしれないわね)


 優先すべきは、己の事情より恋の橋渡しであろうと判断。

 哀れな少年への文面を考えながら、どう彼女を誘導するかを考えはじめ。


(頑張って慎也君、君は多分……側にいて欲しい時に居てくれる人だって、今の砂緒もきっと――)


 ――そしてその日の深夜、日付が変わる頃であった。


(のぞみさんが言うんだもん、何か手がかりがあるかも――)


(のぞみさんも狡いなぁ、こんなメッセージ送られて無視できる訳ないよ。まったく、砂緒に見つからないように……)


 彼女が入院していた病院にも繋がる大通り、その筋にあるコンビニの手前にて。


「――――あ、やべッ」


「へ~~え、奇遇だね灰海くん?」


 慎也はうっかり、砂緒と遭遇してしまったのだった。


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