あけない七七七夜
羊蔵
あけない七七七夜
どうするべきか迷っている。
本屋のバイトで閉店作業をしていたとき、本棚のほうから声を聞いた。
「あけないで」
囁くような声だった。
最初に考えたのは、棚の向こう側に誰かいるのではないか、という事だった。誰もいなかった。
次に電話だろうか? と思った。
誰かが落とした携帯が偶然通話状態になっている、という想像。
棚の下まで探したがみつからなかった。本にまぎれて陳列されている、ということもない。
いよいよ、これは本の中からする声なのだと考えるしかなかった。
果たしてその通りだった。
棚に並んだハードカバーのひとつに耳を寄せると、中から声が聞こえる。
「あけないで」
そう繰り返している。
それが、とても心地の良い声なのだ。
こんな子に毎朝起こしてもらったり、一日の出来事をきいてもえたら、素晴らしい毎日になるに違いない。
そう確信させるような可憐な声だった。
誰ですか。どうしてほしいですか。訊ねても返事は返ってこない。
中を見たい、という欲求がわいた。
声の主がどんな顔をしているのか見たくてたまらない。
本にビニールはかかっていない。指を差しこむだけで簡単に開けてしまうだろう。
でも声の主は「あけないで」といっているのだ。
僕はもうこの子を好きになっていたから、嫌われるような事はしたくない。それにもっと酷い、彼女にとって致命的な何かが起こるかもしれないではないか。
それにちょっぴりだが罠みたいな感じもする。禁止する事で、逆に誘っているような。その場合禁を侵して悪い事が起こるのは僕に対してだろう。
でもこのままにしてても、いずれ誰かが開けてしまうのだ。
結局僕はその本を買った。
それからは毎日本の声で目覚め、夜は一日の出来事を訊いてもらった。
でもやはり顔を見て話したい。ふれたい。
その思いに耐えて、今日で七七七夜になる。
「あけないで」
甘い脳の痺れるような声。
今夜こそ僕は耐えられない気がする。
あけない七七七夜 羊蔵 @Yozoberg
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