第6話 トカゲの尻尾

広く、豪勢な浴場。

まるでプールを思わせるほど広いその湯舟には白い肌の優男が入っており、男は周囲に半裸の人狼ワーウルフの女達を侍らせていた。


「狭い浴室だな」


そこは学園内にある、高位貴族の子息などが特別寮の浴室である。

墓地無双の入っている一般寮よりも、その浴槽の方が広い。

にもかかわらず、優男はそれを狭いと評する。


彼の名はタイロン・バロン。

バビロン魔帝国、5大侯爵家バロン侯爵家の跡取り息子だ。


侯爵家で生まれ育った彼から見れば、この程度の浴場はお粗末に映るのも仕方ない事である。


「タイロン様」


あけ放たれていた入り口から、タキシード姿の人狼が姿を現す。


「なんだ?」


「サイクがどうやら失敗した様でして……」


「サイク?誰だ?」


人狼の報告に、タイロンが手にしていた赤い液体の入ったグラスを僕の女性に渡し、小首を傾げる。

その動きに意図はなく、本気で誰か分かっていない様だった。


何故なら――


「サイクロプス男爵家の子息で、一般科の制圧を任せた者で御座います。」


「ああ。一般科の取り纏めを買って出た、あの木っ端か」


タイロンからしてみれば、男爵家の子息など覚えるに値しないからだ。


「なんだ。他の侯爵家の手の物にしてやられたのか?使えん奴だな。まあだが、男爵家程度では仕方ないか」


「いえ、それがどうやら……一般科の生徒にしてやられた様でして……」


「……は?」


人狼の言葉に、タイロンが口を開いた間抜けな顔になる。

だがそれも無理からぬこと。


サイクロプスは腐っても貴族位を持つ種族だ。

しかも木っ端とは言え、この学園でタイロンに仕える以上、男爵家内できちんと育てられているはずの人材である。


なので普通に考えれば、一般科に入った魔物如きにやられるはずなど無いのだから。


「サイクロプス男爵家は、そんな無能を配下として寄越したのか?随分と、我がバロン侯爵家を舐めてくれている様だな」


サイクは学園の水準からみて、ロイヤル科に入るだけの十分な実力を備えていた。

それでも、成す術もなくやられてしまったのは相手が悪すぎたためだ。


だがタイロン達がそんな事を知る訳もなく。

ましてや一般科にそんな力を持った者が居るとは考え付きもしないため、彼は唯々サイクが無能であったと、そしてそんな無能を寄越したサイクロプス家に憤慨する。


「サイクロプス家への叱責は勿論ですが、サイクはタイロン様の名を出して負けてしまっております。如何いたしましょう?」


「ふむ……倒した奴を制圧するのは簡単だ。だが、それでは我の名誉は回復しない。サイクに罰を与えろ。勝手に私の名を騙った罪人としてな」


一般生徒を制圧したとして、その程度で傷ついた名誉は挽回されない。

何故なら、貴族側が勝って当たり前だからである。


だからサイクは自身の取り巻きなどではなく、勝手に名を使って暴れたていた狼藉者であるとする事で、侯爵家の公子の配下が、一般科の生徒に無様に敗れたと言う事実をなかった事にするよう、タイロンは指示を出した。


要は、トカゲの尻尾切りである。


「全校生徒にしっかりとその旨を知らしめよ。私の名を騙ればどうなるか……おな」


「は、かしこまりました」


翌日。

学園の正門に、目立つ形で酷い姿のサイクは吊るされる事となる。

罪状を知らしめる張り紙と共に。

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