第3話 イエス

昼休み。

教室に、体長3メートルはありそうな巨体の人型が現れた。

その頭部はサイの様な形をしているが、サイとは違って目は一つしかない。


要は単眼の人型をしたサイだ。


因みに魔物の学校なので教室の出入り口はかなり大きくできており、体長三メートルでも問題なく入って来れる様になっていた。

更に言うなら、使っているイスや机はマジックアイテムで、ある程度までは体格に合わせて縮小拡大が可能となっている。


流石は多種多様な魔物の通う学校だ。

ま、そんな事はどうでもいいか。


「サー!あれはサイクロプスです軍曹!」


貢物べんとう用意していた下僕の内の一人。

モモミが教室に入ってきたサイっぽい魔物を見て俺にそう告げる。


あ、軍曹というのは俺のあだ名ね。

何故あだ名が軍曹なのかは知らないが、響きが良いので容認してやっている。


「見たまんまの名称だな、おい」


唐突なサイクロプスの登場に、教室内が騒めいた。

そんな教室に奴の一括が響く。


「沈まれ!」


と。


「俺は超越科ロイヤル一年のサイク!サイクロプス族のサイクだ!!」


この魔天聖愛学園ビバ・ラブアカデミーには、大きく分けて二つの科がある。


一般的な生徒を、学力・戦闘関係の能力・一芸などで狭き門として公募される一般科。

そして貴族や特別な出自の奴らを受け入れる超越科ロイヤルだ。


前者は試験があり、後者にはそれがない。


それだけ聞くと、試験を受けて狭き門を抜ける一般科の方が優秀に思えるだろう。

だがこの世界は魔物の世界である。

人間の様に種族は統一されてはおらず、種族による優劣差はかなり大きい。


そして優秀な種族は、その殆どが貴族となっている。

なので一般科の生徒は、ロイヤルには基本的に強さでは敵わない。

猫が虎に勝てないのと同じ様なもんである。


「いいか!今日からこのクラスはタイロン様の指揮下だ!!肝に銘じて置け!!!」


サイクの声は無駄に馬鹿デカイ。

そしてデカい声には当然、大量の唾が含まれる。


叫んでるんだから当然だよな?


で、その唾は声量に合わせて遠くまで飛ぶ。


ここまで言えば分かるだろう。

そう、俺の所にまで飛んで来たのだ。


決闘の際、紳士は手袋を投げつけると言う。

魔界においてはそれが唾なのだ。

そうに違いない。


ならば――


「その挑戦確かに受けた!」


俺は席から立ち上がる。

と同時に、突っ込んでサイクのそのデカい目玉に拳を叩き込んでやった。


即決即断。

一触即発。

鎧袖一触。


なんとなくそれっぽい単語を頭に浮かべるが、まあ特に意味はない


「ぎゃあああああああ!」


サイクが目から血を流し、悲鳴を上げて転がる。

俺なら『目がぁ!目がぁぁ!!』ってやるんだけど、まあ魔族は地球でのお約束など知らないだろうからしょうがない。


「いい勝負だったぞ」


男の勝負は後腐れなしだ。

なので俺は笑顔で奴に手を差し出す。


だが――


「ああああああああ!!」


サイクは叫ぶばかりで、俺の手を掴もうとしない。

無粋な奴である。


「ああ、そうか。俺とした事が」


よくよく考えてみると、相手は目が見えてないのだから手を差し出されても分かる訳がなかった。


「仕方ないな。まったく……世話のかかる奴だぜ」


仕方がないので俺の方から手を握ってやる。

何事も歩み寄りが大事だ。

ラブアンドピース。


「これで仲直りだな。じゃあ後は――痛いの痛いの飛んでけぇ!」


もう用はない。

ので、そのまま廊下側にサイクをぶん投げる。


奴の巨体は窓を枠事吹きとばし。

廊下も突き抜けて校舎から飛び出し。

遥か遠くまで飛んで行った。


これが俺流の痛いの痛いの飛んで行けだ。


痛みを飛ばすのではなく、痛みを感じている奴を遠くに投げ飛ばす事で、鬱陶しいうめき声を聞かなくて済むようになる画期的な飛んでけである。

ま、あいつ頑丈そうだったし、死にはしないだろう。


え?

うめき声がうざいなら回復させてやればよかったんじゃ?


なんで唾飛ばして来た相手に、そんな事してやらねーといけねーんだよ。

この墓地様を舐めんな。


ああ、でも……


「校舎が潰れたままなのは宜しくないな。直しておくか」


魔法で吹き飛んだ窓を修復しておく。

これで問題なしだ。


「だ、大丈夫なんですか?」


猿っぽい見た目のクラスメートの一人が、恐る恐る俺に聞いてくる。

もしコイツにあだ名をつけるならエテ公だな。


「何がだ?」


大丈夫かと聞かれ、一瞬、窓の修理に不備があったのかと思い確認するが、修繕は完ぺきだ。

一部の隙も無い。

これを見て、サイが突き破って飛んで行ったとは誰も考えないだろう。


「いえ、その……」


「ハッキリしゃべれ。ムカつかない限り理不尽に殴ったりはしないから」


おどおどしてるそいつに、普通にしゃべれと通達する。

俺だって悪魔じゃないからな。

何もない相手を急に半殺しにしたりはしない。


まあむかつけば容赦なくぶん殴るが……


ま、俺は気が長い方だからそうそう怒る事なんてないけどな。


「タイロンってのは……魔帝国五大侯爵家。バロン侯爵家の公子だったと思うんですけど……」


「五大侯爵家?なんだそりゃ?」


「え!?知らないんですか!?」


エテ公が驚く。

この世界に来てまだひと月も経ってないんだから、知ってる訳がない。

が、その事を口にするのは流石にあれなので適当に言い訳しておく。


「俺は辺境も辺境のド田舎の出だからな」


「ああ、なるほど――って、いたぁ!?何するんですか!?殴らないって言ったじゃないですか!?」


「田舎者で納得したからちょっとむかついただけだ」


「うぅ……理不尽だ」


イエス!

そう、俺は理不尽だ!

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