第36話 敵


「こんな時に連盟の連中か!」

 ユークリウットは苛立たしそうに叫ぶ。

「あのいで立ち……高原で竜人たちと戦っていた方の部隊ね」

「あの岩だ。あれを確保しろ!」

 連盟の部隊はリセリアの方へ押し寄せていく。

「止まって!」

 ミルファはリセリアを背後に両手を広げて、迫ってくる人々に向かって叫んだ。

 リセリアがふいに俯く。左腕を棒状に変形させると、それを地面に突き立てた。

「――っ⁉」

 ミルファの背筋に悪寒がはしる。圧縮空気を放出して空へ跳躍した。

 リセリアの左腕が突き立てられた地面の周囲が灰色に染まる。その灰色は帯をつくるように真っすぐ急進して、迫りくる人々の足元を瞬く間に通過する。


 人々の体が一瞬で灰色に染まり、その場で石像のように固まった。

 ――バリン!

 灰色に染まった部分の地面が崩壊して大地に大きな溝をつくる。

 灰色に染まった人々も地面と同じように崩壊した。


 リセリアは大仰な身振りで上半身を元に戻す。

 口元がニヤリと歪ませた


「何だこれは……」

 宙に避難していたエスナは圧縮空気を下方へ放出しながら着地する。

 足元の大きな溝を見て驚愕きょうがくした。

「あの灰色になる現象に見当がつかない以上、十分に気をつけて!」

 キュエリがユークリウットの手から離れると大声で警告する。

 だが、ミルファは信じられないといった表情でリセリアへ徐々に歩み寄っていく。

「どうしてあの人たちを殺したの。お姉ちゃん、あんなに人が好きだったのに。連盟員として一人でも多くの人を助けるために頑張ってたのに、どうして……」

「……」

「――答えてよっ!」


 リセリアの口がゆっくりと開いていく。


「……人間は敵。生物は敵。敵は殺害すべし。広がりたい……もっと、もっと……」


 それはミルファの記憶の中にある姉の声と同じものだったが、たった今聞いたリセリアの声はとても無機質だった。

「お姉ちゃん……?」

 ミルファが何よりも信じられなかったのは、慈愛に溢れていた姉が生物への殺意を仄めかしたことだった。思い出の中にいる姉の姿に薄い影がちらつき始めた。

「あれが本当に人類を愛したリセリアなのか……?」

 エスナも理解に苦しむといった表情でリセリアを眺めていた。

「微粒光子が彼女の脳や思考まで乗っ取ったのね」

 キュエリは、リセリアの下半身と同化した岩を睨む。微粒光子は今もなお岩の中から大量に放出されていた。

「どうする……岩ごと抹殺するか?」

「ミルファの気持ちを考えると……でも、逃げるにしても彼女がここを離れてくれるかどうか」


 リセリアの両腕が変形して細線を大量につくる。標的は目の前の妹だった。

 ミルファは圧縮空気を使って迫りくる細線をかわしながら、昔の姉を求めて声をかける。

 一本の細線が、ミルファの頬を掠めて血を飛ばす。

「お姉ちゃん!」

 それでもミルファは応答を求め続けた。


「あれじゃミルファが不憫だろう」

 ユークリウットはミルファに加勢しようと、手の先から光の剣を出現させる。その瞬間、一人のマシン・ヒューマンが密林の中から飛び出し、地面の溝を挟んでユークリウットの反対側に着地した。

「すごい! 進化の根源をちゃんと見つけていたんだね、リセリア!」

 フィザは嬉々とした様子でリセリアを見上げた。

「お前、この前のマシン・ヒューマンか」

 フィザはつまらなそうな表情でユークリウットのほうを見やる。

「……ああ、竜人と人間もいるのか。無粋な奴らだ」

「何だと?」

「ここは地球の全ての生態系を育んだいわば聖地だ。マシン・ヒューマンの成り損ないや、特殊能力を持って生まれなかった人間風情がいていい場所じゃない」

「あなた、この場所がどういうところか知っているの?」

「リセリアがよく言っていたからね。この地球には異常な進化をしている生物がたくさんいて、その進化を歪ませた犯人が必ずどこかにいる。ジアチルノイアにはその痕跡を見つけることができなかったけど、可能性があるとすればアリメルンカ大陸……とね。あとは、微粒光子の存在についても言及していたよ」


 フィザは腰に手を当てて、困った子どもを見る親のような目でリセリアを眺めた。

「彼女は頭が良かったけど気になったら突っ走る癖があってね。単身でアリメルンカ大陸に向かったときは困惑したけど、目的地を見つけられて何よりだ」

「随分と馴れ馴れしいのな」

「当たり前だ。僕と彼女は婚約者なのだから」

「つまり女の尻を追っかけて来たわけか」

「半分はそれで合っているさ。もう半分はまったく異なる理由だがね」

「それはあなたが竜人と人間を嫌うところと関係するのかしら?」

「さすが連盟きっての天才博士。察しが良い。僕がここに来たのはマシン・ヒューマン主導の下で世界を構築するためだ。そのためにはまずマシン・ヒューマンという存在がどのような価値を持ち、どのような役割を担えるのかを世に知らしめることが必要だ」

「微粒光子の存在をおおやけにする気ね」

「マシン・ヒューマンは本来人間よりも竜人に近い存在だが、人間共の集合体である連盟が『人類救済』の名の下、人間とマシン・ヒューマンは味方で、竜人は種族の異なる宿敵であると勝手に決め付けた。竜人の残虐で幼稚な性格と、特殊能力を持ってはいるが人間性の強いマシン・ヒューマンの性格も相まって連盟の言い分は広く受け入れられているが、それはおかしい。人間にとって竜人が種族の異なる敵というのなら、マシン・ヒューマンもまた人間とは種族が異なる敵になるのだから」


 ユークリウットはキュエリが以前、自分たちの研究が連盟にとって好ましくないと言っていたことを思い出す。微粒光子の存在を白日はくじつに晒されることは連盟内のマシン・ヒューマンに独立意識を芽生えさせて、連盟の戦力が大きく低下するおそれがある。それどころか、マシン・ヒューマンが竜人と手を組むか、マシン・ヒューマンそのものが竜人に成り代わる可能性も出てくるのだ。


「時間はかかるかもしれないが進化の頂点に立ったあのリセリアを見てくれれば、マシン・ヒューマンたちもきっと自分の存在意義を理解してくれるだろう」

「進化の頂点? 違うわよ。あれはおそらくマシン・ヒューマンの成れの果て」


 フィザが不機嫌そうにキュエリをねめつける。

 それでもキュエリは話を続けた。


「マシン・ヒューマンには上位と下位の分類を決める性能差があるけど、それはおそらく体内の微粒光子の量によって左右される。リセリアが良い例よ。能力が高ければ高いほど、変形が器用であればあるほど、存在そのものが微粒光子側に傾いて人間性を失う。意思を乗っ取られたというのなら死んでいるのと変わりないわ」

「それは人間の考え方だろう。リセリアは今もああして生きている。マシン・ヒューマンから更に進化を果たした高次の存在としてね」

「ヒザガ・イターイくん?」

 細線の猛襲を受けて後退したミルファが、フィザの存在に気づく。


「二十一日ぶりですねミルファさん。あと、フィザ=ガイティです」

 フィザはそれまでとは打って変わった優しそうな顔になった。


「どうしてここにいるの? 隊の人たちは?」

「あいつらなら全員殺しましたよ」

 フィザはハハ、と愉快げに笑った。

「人間なんて足手まといにしかなりませんからね。隊にいたマシン・ヒューマンたちも勧誘はしてみましたが、賛同してくれなかったので一緒に殺しました。少々、勿体無かったですが」

「……きみは人類を救済する連盟員のはずでしょ?」

「利用していただけですよ。僕は所詮、下位のマシン・ヒューマンですからね。――そうだ。ミルファさんは僕の味方になってくれますよね?」

「え?」

「僕とリセリアは婚約していました。彼女はマシン・ヒューマンが連盟内で尖兵のように扱われている事に疑問を抱き、マシン・ヒューマンの立場が改善されればいいなという僕の考えにも理解を示していました。僕たちは同じ種族で、リセリアを通して繋がった仲間なんですよ」

「でも、隊にいたマシン・ヒューマンの皆は殺したんだよね?」

「考え方の相違があった。それだけのことですよ」

「……なら、お姉ちゃんはきみの仲間じゃない。人類のことを誰よりも愛していた人だから」

「では、リセリアが七年前に竜人の町を滅ぼしたことはどう説明するんです?」

「それは……」

「表面上では友好を謳っていても、心の中では他の種を嫌悪していたのでしょうね」

「……違う。違う」

「ミルファさんも隊の長に意見を一蹴されて辛い思いをしていたじゃないですか。僕以外に理解を得られない当時のリセリアも、きっとミルファさんのような感情を抱いていたはずです」


「違う!」

 ミルファが目を閉じて幼子のように声を張り上げる。


 過呼吸するミルファの前に、ユークリウットがずいと出た。

「お前が言っていることは憶測に過ぎない」

「僕はリセリアのことを誰よりも理解しているよ」

「だが、お前はリセリアじゃない。憶測という言葉が嫌なら虚言でもいいぞ」

「貴様……!」


「跳べえっ!」

 リセリアの注意を引きつけていたエスナが叫ぶ。

 リセリアの棒状になった左手が地面を穿つ。

 灰色の変色が窪地の真ん中を中心に全方位へ広がる。


 ――バリン!


 灰色に染まった窪地が崩壊を始めて、リセリアの周囲に新たな溝をつくった。

 林の手前に着地したユークリウットは助け出したキュエリを地面に下ろすと、頭上を見た。


「ミルファ、姉のことは自分で決めろ。俺はあの野郎を倒す」

「私に気を遣っているんですか?」

 空中に避難していたミルファが真下に声を落とす。


「勘違いするな。俺はああいう連盟みたいな思想家が嫌いなだけだ」

 ユークリウットの炯眼が溝の底面に降り立ったフィザに向けられる。


「口汚い竜人め……殺してやるよ!」

 フィザの全身から圧縮された空気が霧のように放出される。右手は剣に形を変え、その表面が激しく分子振動する。


「いくぞ!」

 ユークリウットは淡い光に包まれた両足で地面を蹴る。



 竜人特有の光の剣と、マシン・ヒューマン特有の分子運動する剣が重厚な音を立てて激突した。

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