第34話 万物の子宮


「いい天気ですねえ」

 早天を過ぎた頃。青空の下でミルファが気持ちよさそうに天を仰いだ。


「体調が回復したのなら自分で走れよ」

 海岸線近くの林の中を走るユークリウットは背負っているミルファに愚痴を吐く。


「何を言っているんですかユークさん。私はまだ病み上がりなんですよ。だったら馬鹿みたいに元気なユークさんが丁重にもてなすのが道理というものでしょう」

「森羅万象が否定するような暴論吐きやがって」

「元気になってよかったじゃない。二人共お似合いよ」

「そうですね」

 キュエリを大切そうに抱いているエスナがユークリウットの背中を追う。

「私とユークさんがお似合いとは孔雀くじゃくとザリガニが同族と言っているようなものですよ」

「そうだな。俺もザリガニと同族だなんて我慢できん」

「ユークさんがザリガニだって言ってるんですよ。そんなことも理解できないなんてユークさんは頭が甲殻類なみに固いですね」

「勝手に分類してんじゃねえよ」


 四人は雑談を交えながら北東を数時間かけて進み、目的地が見える浜辺に到達した。


 キュエリが島を眺めると、怪訝けげんな表情を浮かべた。

「半島って聞いていたけど妙な地形ね」

「島の周辺に煙が見えますね。先生、あれは海底火山の類ですか?」

「おそらくね」


「あ……」

 ミルファがふいに呆けた声を漏らす。

「お姉ちゃんが近くにいる……ううん、あの半島にいる」

 ユークリウットはミルファの顔を盗み見る。

 ミルファの両目に灰色が広がり始めたことを認識すると全身に力を入れる。だが、懸念とは裏腹にミルファの両目に浮かんだ灰色はすぐに消えた。


「お姉ちゃん、そこにいるんだよね……?」

 ミルファは体を抱きすくめる。

 神経質な子供のような緊張した雰囲気をまとっていた。

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 四人は木々の間をしばらく進んだ後、半島の手前にある海岸林の中に身を隠した。


「人の類は見当たらないな」

 巨木の枝の上に立ったエスナは周囲を睥睨する。

「だが、人の集団がこの辺りに来たのは間違いない。地面の一部に靴の跡が残っている。高原にいた方の連盟に先を越されたかもしれないな」

 木の根元にいたユークリウットはつま先が半島側に向いている足跡を見ながらそう述べた。


 ミルファは木々から顔を出して半島とその周囲を眺める。

 陸地が海を侵食するように突き出たその地形は半島のそれだが、島の外周部分は高木が生え広がる縞模様の岩場に囲まれていて、崖の構造に似ていた。半島の周囲には大小の浮き島が点在し、それぞれの山頂から灰色の煙をもくもくと吐き出していた。


「内地はおそらく窪地になっているはずよ」

「半島が壁に囲まれて見えないのにどうして中の様子が分かるんですか?」

「……何となく、かしら」

「先生、半島へはどのようにして入りますか?」

「この地に先客がいる以上、島の東側から侵入したほうがいいわね。東側は海に面しているから足場が悪いけど、あなたたちなら大丈夫でしょ」

「そうですね……陸地と地続きになっている半島の南側から入れば先客と鉢合わせになるかもしれませんからね」

「では、その方向でお願い」

「了解です、先生」


 四人は海岸林から出て、表面にひびが入った岩肌の海岸に足を踏み入れる。

 キュエリが靴底で地面をこする。表層が剥がれて中から白い岩肌が出現した。

「石灰岩ね」

 ミルファは白い岩に顔を近づける。

「何か特徴がある岩なんですか?」

「ここは昔、海の底にあったってことと、水をろ過できる材料が豊富って事は分かるわ」

「ここが海の底って本当ですか?」

「ええ。火山活動や地震の影響で、海底の地層に圧力がかかって隆起したものが私たちの住む大地なの。その証拠に海の生物の化石は陸地の地層でよく見つかるの。でも、この地層は――」


 キュエリは眉をひそめると視線を周囲に巡らして、岩肌の海岸の地層を観察した。

 地層は半島を中心に外側へ波を打つように広がっていた。


 四人は半島の東側へ到達する。東側の外周部には海食の進んだ絶壁が広がっていた。自然の防塁らしく入り口になるようなところは無かった。ユークリウットとミルファ、キュエリを背負ったエスナはそれぞれの能力を駆使して崖を跳び越え、熱帯林が群生する土壁の頂上に到達した。


 そこは半島を一望できる景勝の地だった。起伏の少ない島の内部には土壌から顔を出した大量の岩柱が墓石地形カルストをつくり、岩の隙間には高木が申し訳程度に生えていた。幾重にも枝分かれした河川が半島の端まで伸び、川下には鬱蒼とした熱帯林を形成していた。川筋を伸ばす半島の中心地には大きな密林が存在し、その密林の周縁をマングローブ林と大川が囲んでいる景色は、島の中にもう一つ島があるようだった。


「これは……」

 ユークリウットが周辺を見回す。

 微小に光る粒が半島の内地の宙に大量に漂っていた。

「何ですかね、これ。消えたり光ったり……太陽光を反射させているのかな」

 ミルファは目の前に漂っている『光る粒』を両手で掴まて中身を確認する。だが、指を開けると、手中におさめたはずのそれは跡形も無く消失していた。


「先生、これはまさか……」

「私たちの仮説に現実味が帯びて来たわね」

 キュエリは全身が汗ばむのを感じながら笑みを浮かべた。

「まずは中心地へ向かいましょう。エスナ、お願い」

 エスナがキュエリを胸に抱くと、背部を変形してつくりだした空気孔から圧縮空気を放出して飛び降りる。エスナが空中を通過した箇所がキラキラと光っていた。エスナの背部の空気孔から圧縮空気と一緒に『光る粒』が放出されていた。

 ミルファもエスナと同じ要領で降下していく。


 両足に淡い光を発生させたユークリウットも跳躍した瞬間、ふいに姿勢を崩した。


「何だこれ……出力が強い」


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