第28話 村と連盟の思惑


 ユークリウットは植物が群生する低地へ到着すると、木に寄りかかっているミルファを見つけた。


「どうした?」

「疲れが出たみたいです。まあ、ユークさんといるからですね。後で謝罪を要求します」

「乗れ」

 ユークリウットは跪いてミルファに背中を差し出した。


「いいですよ。生理痛みたいなものですから」

「女の子みたいなこと言うなよ」

「私はまだ十五歳の女の子ですよ、馬鹿ユークさん」


 ミルファが差し向けられた善意を無視して歩き始める。

「よっと」

「わっ!」

 ユークリウットはミルファを脇に抱えて走り始める。

「私はユークさんのかばんじゃないんですよ」

「こんな口うるさい奴が鞄じゃないことくらい知っているさ」

「扱うならもう少し良く扱ってくれません?」

「おんぶを拒否したのはそっちだろ」

「そんなに私を背負いたいというのですか。仕方のない人ですね」

 ミルファは左手の先を線に変形させるとその尖端を飛ばし、周囲に生えていた木の枝と蔓を集めて簡素な背負子しょいこを作った。

「器用な奴だ」

「さあ、担いでください」

 ユークリウットは半円形に編まれた蔓に肩を通す。

 ミルファが猿回しのように移動して背負子に座ると、安心したように目を瞑った。


「なあ、こんなの作るよりも俺がミルファを背負えばいいだけの話じゃないか?」

「今のユークさん、妙に余所余所しいからですよ」

「……」

「私を脇に抱えたとき腕にずっと力を入れていましたよね。人を担ぐために踏ん張る力じゃなくて、光の剣をすぐ出せるように身構えている力というか」

「……なあ、マシン・ヒューマンは灰色に――」

「すぅ……すぅ……」

「――はは、寝てる。いい気なものだ」


 それから程なくしてユークリウットは村の近くに到着する。

 村の手前に生えている巨木の枝葉の中で腕を組んでいたジュエの姿を見つけた。

「おい、どうした」

「静かにしろ」

 ジュエがこっちへ来いというように指を動かす。

 ユークリウットが巨木へ飛び移る。枝葉の向こうに村の景色が見えた。

 体の一部を変形させて得物を携えた村民たちが村側に展開し、村の入り口側には大多数の武装集団が列を組み、その双方の間にはキュエリとエスナがいた。

 武装集団の中にいた純白の外套を着たニドがキュエリのほうを見た。

「探しましたぞ、博士。子供の遠足など止めて我々と共に連盟へ帰りましょう」

「子供の遠足を止めさせるには随分と仰々ぎょうぎょうしいのね」

 キュエリは武装集団を睥睨へいげいしてそう言った。


「アリメルンカという未開の大陸に来る以上これくらいの装備は当然でしょう」

「連盟の貴重な戦力を分けてまでこのアリメルンカ大陸に派兵させた。でも、私を確保するのはついででしょ?」

「私たちは救世連盟の意思に基づいて行動しているだけですよ」

「だったら自分たちそのものが意思を持ちなさい。救世連盟は人類を救済するために発足した組織なのに、今のあなたたちは何をやっているの?」

「我々の行いは連盟が掲げた人類救世の一つであると確信しています」

「この世界の真実を隠匿することを救世というのなら連盟なんてものは無用の長物ね」

「苛烈なことをおっしゃる」

「労力を困っている人に向けない今の連盟はおかしいって言っているだけよ」

「だが、村の方々は我々に理解を示していますぞ」

 キュエリとエスナが板挟みの状態になっているのは、村民たちが二人を連盟の前に追いやった結果だった。


 村民たちの先頭にいたコルフォレが指で顎髭を撫でながら口を開く。


「キュエリさん、どうか失望しないでほしい。所詮我々は群集でしかなく、弱者じゃ。連盟に義理立てする必要もないが、かといって衝突するような事態は避けたい。その日暮らしができるくらいの平穏があればそれでいいんじゃ」

「お前たちが自分を弱者だと言うのは、その立場にいたいだけだろ!」

 エスナが村の住民たちに叫ぶ。

 コルフォレは顎髭を撫でるだけで何も言わなかった。

「味方になれとは言わんが他人を売ろうとするその姿勢は弱者のそれじゃないだろ!」

「エスナ、もういいわ。この村に人間がいない時点でそれを言うのは酷よ」

「分かってくれればそれでいいんじゃ」


「劣勢だな」

 村の様子を観察していたユークリウットは難しい表情を浮かべていた。

「ここから東南の方角だ」

 ジュエがぽつりと呟くと、一枚の紙片をユークリウットに投げた。

 紙片にはこの周辺の地形が描かれていた。


「東南へ行くと密林地帯がある。並のマシン・ヒューマンじゃ密林の中を高速移動なんてできないが、お前らなら大丈夫だろ?」

「急にどうした?」

「連盟に義理は無い。だが、お前らには義理がある。それだけだ」

 地面に降りたジュエは手を変形させてつくった斧で巨木の根元に切れ目を入れて傾けさせたあと強く蹴った。巨木がメキメキと音を立てて倒れ出し、葉が生い茂るいただきが村を囲む塀の一角を押し潰した。

 連盟の集団と村民たちが崩壊した塀のほうへ見向く。

 エスナがキュエリを胸に抱くと圧縮空気を放出して村外に飛び出した。


「こっちだ!」

 ユークリウットが高木の枝葉の奥から上半身を出してエスナたちを手招きする。

「ここから東南へ向かうぞ。絶好の逃げ道があるらしい」

「ねえ、ミルファは?」

 ユークリウットは背中で眠っているミルファを指差した。


 連盟のマシン・ヒューマン数人が圧縮空気を使ってユークリウットたちを追う。

 ユークリウットとエスナは枝から枝へ飛び移り、東南の方角へ逃走する。しばらくすると前方にシダ植物が生い茂る密林が見えてきた。

「行けるか?」

「当たり前だ!」

 二人は視界の悪い密林の中を突き進み、遮蔽物の多さにもたついている追跡者たちを大きく引き離した。


「次はどうするつもりだ?」

「とりあえず密林を抜けよう。こんな暗所で立ち止まっていたら黴がはえる」

「あれぇ、鬼ごっこでもしてるんですかぁ?」

 ミルファが寝ぼけ眼を指で擦りながら、そんな事を呟いた。

「すまん。訳あってあの村から脱出した」

「何を謝っているのですかユークさんは」

「あの村が居心地良かったんじゃなかったのか?」

「居心地は悪くなかったですけど、私には目的がありますから」

「自分の姉か」

「ええ。ユークさんがキュエリさんを探していると聞いたときは、こんな広い世界の中で人間一人見つけるなんて無理だと思っていましたが、でも、こうして叶いましたからね」

「ミルファのお姉さんってリセリア=フォーレンよね?」

「さすがキュエリさん。知っていましたか」

「連盟一のマシン・ヒューマンと呼ばれていたのだから知らないわけないわよ。それに彼女、研究者でもあったから顔見知りなの。まあ、私よりも同じ部隊にいたエスナのほうがよく知っているかもね」

「はい。リセリアは非常に強い上に誰に対しても優しくて連盟の中でも評判は良かったです。噂じゃ結婚すると聞きましたが、七年前の事件で――」


 エスナが話の途中で口を閉じる。バツの悪そうな表情を浮かべていた。


「姉が竜人の街で虐殺を行った事なら大丈夫ですよ。むしろ、そんなことをしでかしたからこそ姉という存在をより知りたくなったくらいですから。でも不思議ですよね。この地を旅していると、今まで行方知らずの姉の存在がなぜか日に日に強く感じるようになるんです」

「会えるといいな」


 エスナがミルファを励ます傍ら、キュエリは唇に指を当てて考え事をしていた。


「とにかく、ミルファが私たちに付いてきてくれて良かったわね。ねえ、ユークリウット」

「俺としてはあの村に置いてきたかったよ。うるさくてかなわんからな」

「本当は心配してたくせに」

「ああ、ユークさんが引きこもっていたのって私に構ってもらえなかったからなんですね。仕方ないですね。今度からお子ちゃまユークさんって呼んであげますよ」

「何だか背中が痒いなあ」

 ユークリウットは背負子を放り投げる。

 背負子が木にぶつかる直前で跳躍をはじめたミルファがユークリウットを睨みつける。

「何してくれるんですか、バカなんじゃないですか?」

「うっせえ、バカ」

「バカって言うほうがバカなんですよ、ユークさんのバーカ!」

「……お前ら、私を挟んで口喧嘩するな」


 エスナがそう忠告するも二人の口喧嘩は密林を抜けるまで続いた。



////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る