第27話 スカイドラゴン
天辺が平たく潰れた岩々が傾斜のきつい頂きに生えていた高山地帯。ごつごつとした岩肌の間には植物が申し訳程度に生えていて、煌々と照る太陽とは裏腹に身震いを覚える寒冷が風に混じって山々を撫でる。傾斜の下に広がる底の見えない谷には颪が吹き荒んでいた。
「ピギャアアアアアアッ!」
九頭の大きな生物が、高山の上空を円を描くように飛んでいた。
厚みのない骨ばった体と
マシン・ヒューマンたちは仲間を数人失った絶望感と、制空権を完全に支配された焦りで恐怖が顔に浮かんでいた。
「高すぎますね……」
ミルファはスカイドラゴンがいる高度を目視で測る。
「届かない距離じゃないけど、行きだけで圧縮空気を全て使い切るかも……」
ミルファは空中での戦闘と、得物を分子運動させる圧縮空気の必要量と、着地の際に使う逆噴射用の空気が足りなくなることを悟り、攻撃を
数頭のスカイドラゴンが両翼を振る。スカイドラゴンの風を操る特殊能力。
突風が発生してマシン・ヒューマンたちをその場で釘付けにする。
「くそ、風が強え……」
「無暗に動くなよ。動いたらさっきの連中みたいに崖から落ちたところを食われちまうぞ」
「だからって、この状況をどうやって切り抜けるんだよ……!」
マシン・ヒューマンたちは身を屈めて突風を必死に耐える。
「もうダメだ……!」
一人のマシン・ヒューマンがその場から脱しようと圧縮空気を使って跳躍を始めた。すると他のマシン・ヒューマンたちも反射的に続いた。
「ダメ!」
ミルファが叫ぶも、その声を聞く者は誰一人としていなかった。
スカイドラゴンたちが両翼を一斉に振って突風を更に強める。
跳躍したマシン・ヒューマンたちが強風に煽られて空中で姿勢を崩した。
三頭のスカイドラゴンが上空から急降下し、空中に投げ出された獲物に襲い掛かる。
ミルファが圧縮空気を大量に放出して突風の中を跳躍し、大剣に変形させた両腕で降下してくるスカイドラゴンに斬りかかる。空振りに終わったが、スカイドラゴンの捕食の妨害には成功した。
突風を発生させている頭数が減り、マシン・ヒューマンの多くは山の斜面に戻ることができたが、数名が未だに空中に取り残されていた。
ミルファは両腕を変形させてつくった数本の線を空に発射させ、空中にいたマシン・ヒューマンたちの体に巻きつかせて高山に無理やり落とした。
突風がふいに止む。スカイドラゴンたちは再び空高く上昇した。
「また空に……」
捕食行為の後は上空へ退避して獲物の隙をうかがう。風を操って獲物の動きを封殺し、決して断崖から逃がさない。陸上生物にとっては悪魔と呼べる存在――ユークリウットがいればどういう戦い方をするのだろう、とミルファは苦心からここにはいない人物の存在を意識していた。
スカイドラゴンの群れが高度を維持したまま水平移動を始める。そして高山の裏手にまわると、九頭がゆっくりと降下を始めた。
ミルファは体勢を低くして、腰の両側を変形させてつくった線を地面に打ち込み、体を固定した。
(降下してきた……地表に近いところなら戦える!)
「うわああっ」
「えっ?」
戦意を漲らせるミルファとは裏腹にマシン・ヒューマンたちは敵の接近に恐怖して混乱が広がる。
スカイドラゴンの群れが一際強い突風を発生させる。突風は山頂の表面にぶつかるとマシン・ヒューマンたちを吹き上げた。
「くううっ!」
突風で呼吸すらままならないミルファの視界には空中に放り出された餌を狙うスカイドラゴンの姿が映る。惨劇を予感した瞬間――。
「かかれえっ!」
山の下方からジュエが二十人程度の仲間と共に飛び出した。
――ドシュッ!
二頭のスカイドラゴンが分子運動する得物を体に突きたてられて地面に叩き落とされる。
「まだだ、完全に殺せ!」
ジュエと仲間は地べたに這い蹲ったスカイドラゴンに追撃を加えて殺害した。
「ピギャアアアアッ!」
一頭のスカイドラゴンが急降下を行い、応援に駆け付けたマシン・ヒューマンの女を口で攫うように捕獲すると、そのまま噛み砕いた。
空中で短い断末魔が響き、血肉の雨が高山の頂に降った。
他のスカイドラゴンはマシン・ヒューマンたちに突風をぶつけて身動きを封じる。
突風が来る前に離脱していたジュエが、風を起こすスカイドラゴンの群れの死角に向かって跳躍する。脚部の空気孔から圧縮空気を放出して空中を加速し、狙いを定めた一頭のスカイドランの背中に分子振動させた両手の斧を叩き込んだ
甲高い絶叫が響く。スカイドラゴンの列が乱れて突風の威力が弱まる。
「落とせ!」
ジュエは攻撃を浴びせたスカイドラゴンの足にぶら下がりながら叫んだ。
ミルファが右手の先を変形させてつくった数本の線を空中へ射出し、スカイドラゴンの足元に巻きつかせると、全力で下に引いて地面に墜落させた。
マシン・ヒューマンたちはそれぞれの得物で地面に伏したスカイドラゴンを
「応援にきた。状況は?」
ジュエは近くにいた男に声をかける。
「七人やられました!」
「こっちも一人やられた。逃げられるか?」
「すっかり怯えてますよ!」
男は悲鳴に似た声で叫ぶ。
「応援班がドラゴンを食い止める。その隙にお前たちは跳躍して後ろに下がれ」
「ですが……」
「足手まといになるんだよ。いいからやれ!」
ジュエの火を噴くような叫び声を浴びせられて男はすぐに振り返った。
「お、お前ら聞いたな。俺が合図したら後方へ跳べよ!」
「ダメッ!」「やめろっ!」
ミルファと、戦線に追いついたばかりのユークリウットが同時に叫ぶ。
応援班の中から体を射撃機構に変形した面々が出てきて射撃態勢に入る。
「撃ち方構え……撃て!」
ジュエの指揮で無数の飛び道具がスカイドラゴンの群れに射出されるも、全て身軽にかわされる。
「班長、今だ!」
「狩猟班、退け!」
高山の斜面にいたマシン・ヒューマンたちが圧縮空気を放出して跳躍を始める。
スカイドラゴンの群れが突風を発生させた。風同士が衝突して激しい乱気流をつくり、マシン・ヒューマンたちを圧縮空気ごと吹き飛ばす。十数の人体が空中を紙吹雪のように舞った。
二頭のスカイドラゴンが乱気流の中を物ともせず急降下し、片方のスカイドラゴンが班長の男を口で捕らえた。男の顔とスカイドラゴンの威圧的な目が向き合うと、男は叫び狂った。
男の体がミシと圧迫を受けた瞬間、スカイドラゴンの片翼に光の大槍が突き刺さった。
「はあああああっ!」
空中を跳ぶユークリウットは光の粒子が集まる左の拳で、スカイドラゴンの頭部を強烈に叩く。光の粒子が飛沫のように拡散した。
頭蓋が大きくへこんだスカイドラゴンの口から男がポロリと落ちる。
「よっと」
ミルファが空中にいたもう一方のスカイドラゴンの背部に降り立つ。
「ピギャアアアッ!」
スカイドラゴンはミルファを落とそうと両翼を暴れさせる。
羽が動く度に突風が発生した。
「すごい風……でも」
ミルファは右手を細長い錐に変形させると、先端を高速で回転させてスカイドラゴンの首元に刺した。先端が肉壁を掘り進んで貫通すると、そのまま剣に変形させて真横に斬った。
首を失ったスカイドラゴンが落下を始める。
ミルファは跳躍して高山の斜面に着地すると、その近くにユークリウットも降り立った。
「ユークさ――」
ユークリウットはミルファの声を無視してジュエに詰め寄った。
「相手は風を操るスカイドラゴンだぞ。空中を移動するなんて自殺行為だ。逃げるなら体勢を低くして風に攫われないようにしながら地べたを這え!」
「ぐ……」
ジュエは逡巡したあと、ユークリウットの意見を仲間たちに伝える。
マシン・ヒューマンたちが小動物のように身を丸めて我先にと坂を駆け下りていく。
スカイドラゴンの群れは再度獲物を吹き上げようと高度を下げていく。
「ジュエ、あいつらを援護しろ!」
「命令すんな!」
ジュエは右手を紐付きの斧に変形させて投擲し、降下するスカイドラゴンの群れを威嚇する。
「行きます!」
ミルファが圧縮空気を使って空中を跳躍し、スカイドラゴンの羽の根元に飛びつくと、右手を大口径の銃に変えて至近距離から撃った。
「ピギャアアアアアッ!」
スカイドラゴンは背中に二発、左目に一発の銃弾を食らうと奇声を発して暴れた。
ミルファは左手を槍に変形させると、槍の先端をスカイドラゴンの胸元に刺した。槍を引き抜く。穴のあいた心臓からは大量の出血があふれ出て崖の底に落ちていった。
「わっ」
ミルファはその場から離脱をしようとした瞬間、足場になっていたスカイドラゴンが暴れた影響で態勢を崩し、宙に投げ出された。
空中にいた一頭のスカイドラゴンが凄まじい速度で滑空し、態勢を立て直そうとしていたミルファを一瞬で丸呑みにした。
ユークリウットは声を失った。ドラゴン種の体内には高温の消化液が存在し、その中に一度入ればマシン・ヒューマンといえども助かる見込みは無い。脳の奥に置いてあった知識が目の前の事態がいかに残酷であるかを伝えるように漏れ出していた。
「狩猟班、退避に成功しました!」
「おい、竜人。他に何かあるか?」
ジュエはユークリウットの腕を引っ張る。
ユークリウットの視線はミルファを飲み込んだスカイドラゴンに注がれていた。
「おい!」
「……お前らは撤退しろ」
「お前はどうするんだ?」
「いいから行け!」
「……なら行かせてもらうぞ。おい、村まで逃げるぞ。空へは跳ぶなよ!」
ジュエの指示を受けて、その場にいたマシン・ヒューマンたちが撤退を始める。
「ピギャアアアアアッ!」
スカイドラゴンが急発進して逃げようとするジュエたちを追いかけようとした。
真上に跳んだユークリウットが右手の先から伸ばした光の剣で、頭上を通過しようとしたスカイドラゴンの首を切り落とした。崖の上の宙に浮かぶ三頭のスカイドラゴンを見やる。ミルファを飲み込んだスカイドラゴンに変化はない。
「悪い奴じゃなかったんだがな……」
ユークリウットの目には強烈な殺意がこみ上げていた。
高山に着地したユークリウットの両脚から光の粒子が放出したあと、その場で軽く跳ねた。足元に光の波紋が広がり、ユークリウットは空中に立った。両手の先から稲光のような強い光を放つ剣を出現させた後、空の中を駆け上がっていく。
スカイドラゴンは陸上生物が自分たちの領域を侵している事実に驚き、反応が遅れた。
ユークリウットが瞬く間にスカイドラゴンに肉薄し、光の剣で
――ゴオオオオッ!
スカイドラゴンが両翼を動かしてユークリウットに突風を叩きつける。
ユークリウットは落下の最中、空中を蹴って反転すると、大きく弧を描きながら宙を瞬時に駆け上がってスカイドラゴンの背後に回る。右手の光の剣で首を切り落とし、左手の剣で心臓を突き刺したあと、躯を谷底へ蹴り落とした。
「あとは、あいつだけ……」
殺意に満ち溢れたユークリウットの双眸が、ミルファを飲み込んだスカイドラゴンに向く。
その視線に戦慄を覚えたスカイドラゴンは両翼をばたつかせて逃亡を図る。
「絶対に逃がさねえ」
ドラゴンと竜人が山脈の上の空を高速で進んでいく。
「――グウッ……」
山を一つ越えたところで、スカイドラゴンの体が急に震え始めた。白目を剥き、対衝撃も行わずに高山の山頂へ落ちた。嘴の奥から苦しそうな呻き声を漏らす巨大な体が腹部を中心に灰色に染まっていく。
「……何だ?」
ユークリウットは空中を一歩ずつ降りて高山の頂に立つ。全身が灰色に染まって動かなくなったスカイドラゴンの肢体を観察した。皮膚や四肢はおろか水分の多い目玉まで変色している。ジベスが遺した本にも記載されていない初めて見る光景だった。
――バリンッ!
スカイドラゴンの腹がふいに弾け飛ぶ。
腹の奥からミルファがのっそりと立ち上がった。
ミルファの出現と同時にスカイドラゴンの死体がボロボロと崩れ始め、冷風にさらわれていった。
「……」
虚ろな様子で立っているミルファの瞳は灰色に染まっていた。
「おい、ミルファ」
「……」
「どうしたん――くっ!」
ユークリウットの手がミルファの肩に触れた瞬間、手の先から肘にかけて灰色が広がっていく。
ユークリウットは灰色に染まった部位から光の粒子を発生させる。すると変色が止まり、腕の表面を覆っていた灰色の物質がバリン、と音を立てて弾けた。
「ぐあああっ!」
変色を受けた部位が激しい疼痛を伴って内部から暴れ始めた。ユークリウットはまるで別の生物に成り代わったような右手を地面に何度も叩きつけて痛みに堪えた。
「あれ、ユークさん?」
ミルファが隣で蹲っているユークリウットを見下ろす。瞳の色は元に戻っていた。
「はあ、はあ……」
ユークリウットの右手の痛みが徐々に沈静化すると、肘、手首、指を順次に動かして、腕が正常に機能したことを確認した。
「ユークさんが私の前で
ミルファがいつもと変わらない様子で話し始める。
「引きこもりはもう止めたんですか?」
「あ、ああ」
「あのまま苔になるとばかり思っていたのに少々がっかりです……あれ、他の人たちは?」
「全員村へ帰ったぞ」
「私たちが逃げるまで待っていてくれないなんて薄情な人たちですね」
「逃げるも何もドラゴンが全滅したからな」
「ユークさんが倒したんですか?」
「……覚えてないのか?」
「はい?」
「……いや、いい。そうだ。俺が全て倒した」
「さすが『竜殺し』ですね」
「生態系を知っていれば、ある程度の対処はできる」
「ちょっと褒めてあげただけですぐに上から目線ですか。私がジベスさんの本を持っていたら苦戦することもなかったでしょう」
「……」
「何ですか私の顔をじっと見つめて。用が済んだのなら帰りますよ」
ドラゴンのいなくなった高山の頂に自然の風が吹き抜けていく。
山を下っていたミルファがふいに足を止め、風で踊る毛先を手で押さえながら振り向いた。
「何を突っ立っているんですか。置いていきますよ!」
「……今行く」
ユークリウットはスカイドラゴンが変死した場所を一瞥してから、帰路へ向かった。
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