第26話 引きこもりの竜人


 ユークリウットたちがマシン・ヒューマンの村へ来てから三日が経過した。

 ミルファは一人で村を散策していると、村人が声をかけてきた。


「あら、ミルファちゃん。こんにちは」

「こんにちは」

「今日の狩猟はお休みかい?」

「三日連続で行きましたからね。たまには息抜きしようかと」

「ミルファお姉ちゃんだー!」

「遊んでー!」

「今日は休ませてくださーい」

 ミルファは走り出して、拙い跳躍で追いかけてくる子供たちを撒いた。


「そういえば」

 ミルファは近くに建つ倉庫を見上げる。

「ずっとふさぎ込んでいるらしいけど、どうしたんだろう」


 ミルファは倉庫の門を開ける。子昼過ぎに反して室内は宵のように薄暗かった。

「ユークさん居ますかー?」

 ミルファは倉庫の中で叫ぶも返事はなかった。圧縮空気を使って最上段の区画に昇った。

 ユークリウットは区画の隅で横になっていた。


「昼間から惰眠とはいぎたない人ですね」

「……」

「もしかして村の人たちに敬遠されているから拗(す)ねちゃったんですか。ユークさん、お友達というものは自発的に動かないとできないんですよ」

「……」

「エスナさんも働いているし、キュエリさんだって村の人たちに勉強を教えています。私もこれから村の人たちと狩猟に出かけるのでユークさんも来て下さい。こき使ってあげますよ」

「ミルファ」

 ユークリウットが態勢そのままで口を開く。

「この村での生活は楽しいか?」

「いきなり何ですか……まあ、それなりに楽しいですよ。ユークさんみたいに失礼をはたらく人もいませんから」

「そうか」

「さっさと起きてください。私がここまで来てあげたんです。まだ感謝の言葉を聞いてませんよ」

「……」

「もういいですよ。ユークさんのバーカ!」

 ミルファは区画から飛び降りる。扉を力いっぱいに閉めて倉庫から出て行った。

 扉の反響音が建物内に響く中、ユークリウットは上半身を気怠そうに起こした。

「……やっぱり置いていくか」


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 ユークリウットは倉庫内の各階層を調べて旅に使えそうなものを物色していた。

 日光を取り込む天窓が一瞬だけ暗転する。それは僅かな出来事だったがユークリウットは天窓の上を飛び越えた者が男で、その表情が鬼気迫るものになっていたことを見逃さなかった。

「何かあったな」

 倉庫から出たユークリウットは村の様子を探る。広場から怒声が聞こえると現場へ直行した。


 広場には村民が集まっていて、その中にはコルフォレや包帯姿のジュエと、先ほど倉庫の天窓を飛び越していった男の姿もあった。


 男は肩を大きく上下させながら口を大きく開けた。

「狩猟の後発班がドラゴンと遭遇しました!」

 広場にいた村民たちに動揺がはしる。

 ジュエが場所は、と男に詰問した。

「南南東にあるアカンバロールです!」

「高山地帯か……何でそっちへ行った?」

「先遣の班が空を飛ぶドラゴンの群れに襲われて……」

「空飛ぶドラゴン――バカが、何でさっさと逃げなかった!」

「これ、やめんか」

 コルフォレが激しい剣幕で男に迫るジュエを諫めた。


「今は言い争っている場合では無い。ジュエよ、ケガをしている身ですまんが班を編成して至急救援に向かってくれ」

 ジュエは村人たちのほうへ体を向ける。

「待機班と狩猟班の予備組は直ちに戦闘準備をした後、ここへ集まれ!」

「何かあったのか?」

「狩猟班が空飛ぶドラゴンに襲われたらしい」

「空飛ぶ……やべえじゃねえか!」

 村民たちの間で『空飛ぶドラゴン』という言葉がざわめきと共に伝播でんぱしていく。


「あら、ユークリウット」

 建物の影から広場の様子を観察していたユークリウットの下にキュエリとエスナがやって来た。

「ドラゴンが出たらしいな。ここへ来る途中で村の者が教えてくれたのだが」

「ああ。高山地帯で狩猟班が襲われたらしい」

「ミルファが巻き込まれた可能性もあるわね……エスナ、私たちも行きましょう」

「お前らはここに残れ」


 ユークリウットはその場から離れようとする二人を制止させる。


「空飛ぶドラゴンとはおそらく『スカイドラゴン』だ。標高の高い山の頂に生息するドラゴン種でをしてくる。動きの遅い奴がいたら間違いなく狙われるぞ」

 ユークリウットはキュエリを一瞥した。

「俺が行ってくる。これを頼む」

 ユークリウットは荷物が詰まった背負い袋を地面に下ろすと、淡い光を纏わせた両足で地面を蹴り、南南東へ進路をとった。


「あいつ、出発の準備をしていましたね」

 エスナは足元に置かれた背負い袋の中を確認していた。

「昨晩ミルファをこの村に置いていこうと言っていたが、まさか本当に置いていくつもりか」

「彼にも思うところがあるのよ」

「……先生は最近ユークリウットの肩を持ちますね。何かありましたか?」

「別に。まあ何にしても、ようやく引きこもりをやめてくれて安心したわ」

 キュエリは遠くなっていくユークリウットの背中を眺めて柔らかく微笑んだ。


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