第25話 養父の真意


 太陽が地平線へ落ちると、野風に寒気が混じり始めた。

 ユークリウットとキュエリ、エスナはマシンン・ヒューマンの村に到着する。


「おい待て、ユークリウット」

「何だよ」

「先生、あれを」

 キュエリが背負い袋から麻縄を取り出す。

 ユークリウットはまたか、とうんざりした表情を浮かべた。



「止まれ!」

 村の入口に立っていた壮年の男が三人の顔を凝視する。

「ああ、ミルファさんの連れか。通っていいぞ」

「ミルファさん、だってよ」

 門を通ったばかりのユークリウットは縄で拘束された状態で肩を竦めた。

「あの人から見ればミルファはずっと年下なのにね」

「もしかしたら今ごろ英雄のように扱われているかもしれませんね」

「あんながさつの塊が英雄視されるようなたまかねえ」

「見た目はとても可愛いじゃない。男の人って女性の外見しか見ないでしょ?」

「それを一般論みたいに言われても困るんだが」

「じゃあユークリウットは女性のどの辺に注目するの?」

「運動能力や戦い方、マシン・ヒューマンなら分子振動の速さも気になるな」

「真面目な顔してなに言ってるのよ」


 三人は草堂が立ち並ぶ道を進んでいくと、大きな四阿あずまやがある広場に出た。

 広場には茣蓙ござを並べ、組み木の中で煌々とした火を焚いていた。火の近くには獣や魚の肉が串に刺さった状態で焼かれていた。男たちが新たな皿を持ってくる。その上には焼き立ての粉もちや炊き上げの穀物のほか、木の実などが盛られている。女たちは酒の入った茶碗を片手に真っ赤な顔で談笑している。広場の隅にいた負傷者たちもささやかながら祝杯をあげていた。


 四阿の東側にできた人だかりの中心にミルファがいた。

「魚たくさん獲ってくれてありがとうね、お譲ちゃん」

「恐竜から助けていただき本当にありがとうございました。これ、我が家秘伝の味でつくった恐竜の肉です。受け取ってください!」

「裏の林の奥に星が綺麗な丘があるんだけど今度一緒に行かないか?」

「えーっと……」

 大人数に囲まれたミルファはどこに視線を向けていいか分からなくなっていた。


「あんたもマシン・ヒューマンなんだろ。私らと一緒にこっち来なよ」

 女性の集団がエスナの手を引っ張って村人たちの輪の中へ連れて行く。

「わ、私には先生の傍にいる責務が――」

「今日くらいはいいんじゃないかしら」

 キュエリは去り行くエスナへにこやかに手を振った。


 賑やかな喧騒に包まれる広場をユークリウットとキュエリは遠巻きに眺めていた。

「おい、竜人」

 料理を乗せた皿を持つジュエがユークリウットの下へやって来た。体には綿性のさらしが痛々しく巻きつけられていた。

「食えよ」

 差し出された皿をユークリウットが受け取る。

「礼を言ったほうがいいのか?」

「そんなもんいらねえよ」

 ジュエはそう吐き捨てて村人たちの輪の中へ消えていった。


「あの人、もっと素直になればいいのにね」

「種族という隔たりはがそう簡単に埋まらないのは知っているさ」

「そう言うユークリウットは嬉しそうに見えるけど」

「悪い気分ではないからな」

「こっちもこっちで素直さが足りないわね。あ、ちょっと待ってて」

 キュエリは広場の隅にいたコルフォレの姿を見つけると駆け寄り、会話を交わしてから戻ってきた。

「どうかしたのか?」

「私たちの寝床を聞いていたの。二人で話したいこともあるし、そっちへ行きましょう」


 広場を離れた二人は村の入り口付近に来た。

 キュエリは丸い屋根が特徴的な円柱の高楼を指さす。

「もう解いても大丈夫よね」

 麻縄から解放されたユークリウットは建物の扉を押し開ける。

 入り口から差し込む月夜が明るく感じるほどの薄暗い屋内。東の壁側が天井まで吹き抜けになっている四階建ての構造で、階のそれぞれには武具や資材などが種類別に置かれている。内部は埃が溢れ、入り口と屋根に設けられている天窓以外はすべて石壁で覆われていた。


「倉庫か。まあ、雨風が凌げるだけマシか」

「四階建てなのに階段も梯子も無い。本当にマシン・ヒューマン専用の施設ね」

「話すなら上のほうがいいか。この程度の高さなら光の能力を使わずに昇れるぞ」

「連れて行ってもらえるかしら」


 ユークリウットはキュエリを抱きかかえると、吹き抜けの壁を蹴って最上段に到着した。屋根裏部屋に似たつくりで、たった一つある天窓は淡い月明かりの帯を落としていた。


「けほっ……埃がひどい。窓開けるわね」

 キュエリが天窓を開けようとするも、その手がふいに止まる。

「こっちの大陸にも古代文明の解析者はいるのね」

「何かあったのか?」

 キュエリは天窓に使われている透明な材質――硝子を指で叩いた。

「これは『ガラス』という物質で、珪砂けいしゃと、草木を燃やしたときに出るソーダはい、石炭を高温で混ぜると出来上がる物質で、光を透過させる性質があるの。連盟では馴染みのある物資だけど、こんな僻地にも生成技術があることに少し驚いて」

「この前の村の『セメント』といい何かしらを高温下で混ぜると変わった物ができるんだな」

「本当はそう単純じゃないけど、原理としてはおおむね合っているわ」

 キュエリは天窓を開けて新鮮な空気を屋内に取り込んだ。

 遠くから賑やかな声が聞こえる中、二人は持ってきた料理を食べ始める。


「……ミルファのことだが、この村に置いていかないか?」

 ユークリウットが食事を摂りつつふいにそう切り出した。


「彼女が村の人たちに取られて嫉妬しているの?」

「この村に来てから幸せそうだな、って思っただけさ」

「連盟で戦闘員として使われていることを言っているのなら仕方のないことよ。特殊な力というものはあらゆる意味で一目置かれる。そんな彼女の特殊性が、マシン・ヒューマンが集うこの村の中でほんの少し和らいだってだけでしょ」

「それが幸せってもんじゃないのか?」

「ミルファから聞いていたけど、あなたは本当に連盟が嫌いなのね」

「俺には連盟がマシン・ヒューマンを利用しているようにしか見えないからな」

「救世連盟という人間主体の組織がマシン・ヒューマンに依存しているのは事実よ。けど、それを利用と見るか協力と見るかは個人の主観次第」

「この村に来て益々思ったが、人間という種族が集まって救世連盟という組織を結成したのなら、能力が人間と大きく異なるマシン・ヒューマンは異物そのものだろう。この村のマシン・ヒューマンが人間を排除したように……不思議なんだ。気質の不一致があるとはいえ人間と同じ姿で同じ言語を使う竜人に対して根強い排斥はいせき思想が連盟にはあるのに、マシン・ヒューマンに対してはそれが無い」

「つまり、人類間の種族差を強めているのは連盟だと言いたいのかしら?」

「平たく言えばそうなるな」


 キュエリは目を瞑り、まるで何かの答えを導き出すかのように黙した。


「ユークリウットの言っていることはあながち間違っていない。連盟が私のことを捕まえようとしていることもその一因だから」

「海を渡ってまでやって来たこの大陸に何がある……キュエリは何をしようとしているんだ?」

「この世界の『真実』に触れる。それが私の旅の目的。それに私が行おうとしていることはユークリウットにとっても無関係じゃない」

「どういうことだ?」


 キュエリは履物と腹部の間に挟んでいた革装丁の本を手に取った。


「今まで伏せていたけど、ジベスも私と同じ理由でアリメルンカ大陸を目指していたの。ジベスは長い年月をかけてニュエルホンをつくり上げ、村として機能し、理想が叶うとアリメルンカ大陸への出発準備を始めた。でも、その矢先に村は襲撃を受けた。その原因はおそらくジベスにある」

「親父のせい……だと?」

「本の一部に大きな余白があったでしょ。調べたら特殊な染料に浸すと隠し文字が浮き上がってきたの。研究者間がよく使う秘匿情報の交換手段の一つね。ジベスが本を私に渡せと言ったのはこの隠し文字の仕組みを知っていて、尚且つ私がジベスと似た思想を持っていたからだと思う。私、こう見えても五歳の頃から研究者やっていたから」

「その隠し文字とやらは見れるのか?」

「どうぞ」


 ユークリウットは受け取った本の後半部分を開く。今まで何度も読み返した紙面の余白に見たことのない赤色の文字が浮かび上がっていた。父の真意に七年越しに触れることができる。父は何を考えていたのか、何を言いたかったのか。心臓が脈打つ音を感じながら隠し文字を読み進めていく。

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「……何だよ、これ」

 ユークリウットが持っていた本を落とす。

 キュエリがユークリウットの腕を強く掴み、真剣な眼差しでユークリウットの双眸を見据えた。

「隠し文字の内容は絶対に口外しちゃダメよ。ニュエルホンを襲った犯人が分からない以上、見ず知らずの人にも、ジベスの知り合いにも、あなたの近しい人にも、にも絶対に知られちゃダメ。もしもこの本が誰かの手に渡りそうになったら絶対に破棄して。分かったわね?」

「…………」

 ――パン!

 キュエリは呆然としていたユークリウットの頬を平手打ちした。

「あなたも研究者でしょ。しっかりして」

「分かってる、分かってるよ……でもこれが親父の真意なのか……?」



 ユークリウットは頭を抱えてしばらく項垂れていた。


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