第24話 恐竜と集団性
「散開しろ!」
女の指示を受けて恐竜に追われていたマシン・ヒューマンたちが四つに分かれる。
するとマプサウルスの群れも自然と四つに分かれた。
「恐竜の間を低く飛べ!」
女が更に指示をするも、離れ離れになったマシン・ヒューマンたちの動きは鈍かった。
「空なら追ってこれないはず……」
一人の青年が指示を無視して上空へ跳躍した。
マプサウルスは眼前を通過しようとする青年に飛びついた。
青年の視界に小刀のように尖った無数の歯が映る。脳裏に死がよぎり、思わず目を瞑った。
――バッ!
「…………あ、あれ?」
「間一髪でしたね」
ミルファは着地すると、空中で攫った青年を地面におろした。
「あ、ありがとうございます」
青年はよろよろと立ち上がる。礼を述べた顔には恐怖がへばりつき、両膝が笑っていた。
ミルファは圧縮空気を使って上空へ跳躍する。
マプサウルスの群れは目線の高さに現れたミルファを捕食しようとする。
「よっと」
ミルファは両手足につくった空気孔から圧縮空気を放出して、水中を泳ぐように恐竜をかわすと、一頭のマプサウルスの背中に乗った。
マプサウルスの群れの視線がミルファに集まる。だが、ミルファを乗せたマプサウルスだけは獲物の所在に気づかず視線を周囲に巡らせていた。
「よっ、やっ、ほっ!」
ミルファはマプサウルスの群れの背中から背中へ飛び移る。
「さっき助けた人も離脱できたみたいなので……」
ミルファは別の恐竜の群れに向かって大きく跳躍した。
マプサウルスの群れが空中を移動するミルファを目で追いながら一斉に走り出す。
ミルファは別の群れのマプサウルスの背中に飛び移るとすぐに跳躍を始める。マプサウルスの群れが止まりきれず、同族の群れに突っ込み、恐竜同士が重なるように倒れていった。
「作戦成功。あと半分――」
「おらぁ!」
ジュエが斧に変形させた右手でマプサウルスの背中を切り裂いた。
マプサウルスは痛みに呻きながら、背中に乗っていたジュエを振り解く。
「硬いな……」
圧縮空気を使って地面に着陸したジュエの表情が歪む。恐竜の背中には主に
「うわああっ!」
ジュエの後方で叫び声が上がる。
マシン・ヒューマンの少年がマプサウルスに囲まれていた。
「若造が!」
ジュエが右肩を巨大な球に変形させると、少年の手前にいたマプサウルスに体当たりした。全長十米超の体が大きく揺れたが倒れるまでには至らなかった。
「さっさと離れろ!」
ジュエが叫ぶ。
少年は震える体から圧縮空気を放出する。姿勢制御を考慮しない拙い跳躍は羽をもがれた鳥のように無様だったが、何度も繰り返す事で離脱には成功した。
背部を切られたマプサウルスがジュエに顔を近づけ、恨みたっぷりに雄叫びを上げた。
「うるせえ!」
マプサウルスに飛び掛ったジュエは右手の斧で斬りかかるも、首を引っ込められてかわされる。
「だったら!」
右腕を更に変形させて紐付きの斧をつくり、先端の斧を
斧がマプサウルスの
マプサウルスは斧とジュエを連結している紐の部分を口で挟み、首をぐんと振り上げた。
ジュエの体が小石のように浮き上がる。眼下には獲物を食おうと待ち構えている恐竜の凶悪な顔ぶれ。体内にある圧縮空気の内臓量も残り僅か。自由落下が刻一刻と進んでいく。死を覚悟したとき視界の端に、今も逃げ惑う仲間の姿が映った。
「……あたしは逃げねえ!」
ジュエが全身の空気孔から全力で吸気し、体内の回転子を激しく回す。僅かに増した圧縮空気を全て放出して、マプサウルスの群れの中に自ら突っ込んだ。そして着地すると、マプサウルスの脚部を次々と斬りつけていく。
「足を止めることくらいなら――ぐあっ!」
ジュエの体が地面の上で数回跳ねると大量の血を吐いた。マプサウルスの筋肉に覆われた
「副村長のあたしが逃げたら示しがつかねえからなあ……!」
痙攣する上体を起こしたジュエは血塗れの奥歯をギリと噛み、覚悟を決めた表情を浮かべる。
――グイッ!
「うおっ!」
ジュエの目線がふいに下へ向く。
ユークリウットが疾走しながらジュエを攫うように肩に担いだ。
「何しやがる!」
「無駄に命を散らすな」
「あたしはまだ負けてね――うぁっ!」
ユークリウットはジュエの背中を握って強引に黙らせた。
「自然の摂理は勝ち負けでできているわけじゃない。重要なのは生きるか死ぬかだ」
ユークリウットはマプサウルスの群れの中を不規則に駆け抜けていき、群れの外側へ到達すると淡い光を纏った足で近くにいたマプサウルスの
片足の骨が折れたマプサウルスが倒れると、他のマプサウルスたちが倒れた同族に足を取られて次々と転んでいった。
「あの硬い恐竜の骨を簡単に折った……?」
「マプサウルスのような
「お前、あいつらの弱点を知ってたのか?」
「だったら何だ?」
「いや、別に……」
「逃げるぞ」
ユークリウットは逃走する中、後方を何度も確認する。
「竜人は用心深いのな」
「マプサウルスやティラノサウルスのような獣足類は巨体だが走る速度はチーターを凌駕する。舐めてかかるとどこかの部族のようにやられるぞ」
「けっ」
ユークリウットは平野の外れに到着する。
ジュエはユークリウットの腕を振り解いて地面に立った。
「竜人に礼なんて言わねえからな」
ジュエはそう言うと、背中の痛みを堪えつつ先に避難していた村の仲間たちと合流する。
キュエリとエスナがユークリウットのもとへやって来た。
「お疲れ様」
ユークリウットは、ああ、と一言返すとエスナを見た。
「お前どこにいたんだ?」
「先生のことが気になって途中で引き返しただけだが、もしかして私の助力を期待していたのか?」
「まさか」
「私たちも戻りましょう」
ユークリウットが歩きながら辺りを見回した。
「ミルファの姿が見えないが」
「彼女なら一足先に負傷者たちを村へ送って行ったわ」
「下位とはいえ仮にもマシン・ヒューマンなのだから放っておけばいいものを」
「頑張り屋さんなのよ、彼女」
「……もしかして先生も頑張り屋なほうが好きですか?」
「さあ。私は興味あるものにしか興味ないから」
「そうですか……」
「でも、エスナが私の助手を頑張ってこなしていることはちゃんと知っているわよ」
「先生……!」
気落ちしていたエスナの顔が、花が咲いたように明るくなった。
「エスナも研究者だったのか。とても頭が良さそうには見えないが」
「……私も元はこういう部族の出身だったからな」
「当時、探検していた私と出会って打ち解けた後、今に至るというわけ」
「それはもう運命的な出会いでした。身寄りのない私は村から村へ転々とし、とある村で貧しく生活を送っていたとき先生は優しく声をかけてくれた。これ食べられるかしら、と」
「食べる?」
「あの時は私も含め調査員たちが餓死寸前の状態だったから、理性が少し、ね」
「言葉なんかどうでもいいんです。重要なのは私に興味を持ってくれたこと。行き着く先々で邪険に扱われた日々は辛かったけど、先生はそれ以上の優しさを与えてくれました!」
エスナの拳は恩人への熱い思いを体言するように固く握られていた。
「そんな経緯で連盟に引き入れたけど私の勝手でまた引き離しちゃったわね」
「連盟なんて関係ありません。私の人生は先生のためにあるのですから!」
「身長に大分格差あるがキュエリのほうが年上なんだよな?」
「そうね。エスナはまだ二十歳にもなっていないそうだから」
「ご自身のことを年増だなんてそんな。先生はすごく若々しく見えます。それはもう十三歳と言っても過言じゃない」
「それは過言よ」
「そうだな。十三歳じゃなくて三歳の間違いだな」
「先生への侮辱は許さんぞ!」
エスナは銃に変形させた拳銃をユークリウットのこめかみに押し当てた。
「落ち着いてエスナ。落ち着かないと急所を外すわ」
「あっ、そうですね」
「そうじゃないだろ」
「先生からお許しが出た。あの世で詫びろ」
「おい、キュエリ。止めてくれ」
「えっ、僕の守備範囲は十歳から十一歳だって?」
「なんでそんな狭いところ守ってんだよ。本当に止めさせ――うっ!」
ユークリウットがふいに頭部を倒す。倒した頭の上を弾丸が通っていった。
「……エスナ、本当に撃たなくていいのよ。冗談なのだから」
「す、すいません」
「どいつもこいつも……」
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