第22話 能力


 先行するエスナは木から木へ飛び移って山の斜面を飛び降りるように下っていく。山の低地には温帯夏雨かう気候が広がっていて、緩やかな坂の上に群生している大きい葉をつけた照葉樹しょうようじゅや裸子植物が群生していた。


「霧が発生していますね」


 エスナは自由落下で雲のように広がる霧の中へ突入する。圧縮空気を体の真下に放出し、衝撃を考慮しつつ土肌が僅かに露出した地面に着地した。


「水源が近くにあるのよ。数日前湖の近くで野営した時も湖面から霧が発生してたじゃない」

「高山地帯で水源があるとすれば渓谷があるのでしょうか?」

「たぶんね」


 エスナたちの近くにミルファとユークリウットが降り立つ。


「視界が悪いな」

 ユークリウットも周囲に漂う霧を気にしていた。


「ジュエさん、ジュエさん。さっきの人たちはどこで狩りをしているのですか?」

「おい、ミルファ。お前が話しかけているそれは太い切り株だぞ」

「ええ、ジュエさんって切り株だったんですか?」

「そんなわけあるかああっ!」


 到着したばかりのジュエが咆哮を上げる。肩は大きく上下して息を切らしていた。


「お前ら速過ぎなんだよ、クソ」

「騒がしくてごめんなさい。それで、あなたの仲間たちはどこで狩猟しているのかしら」

「ここからもう少し下へ行くと谷がある。おそらくその辺りだろう」

「分かりました」


 ミルファは両手足と背中の空気孔から圧縮空気を放出して、霧が立ち込める坂を高速で下っていく。


「凄いな、彼女。霧の中でも普通に高速跳躍できるなんて……」

「お前はできないのか?」

「竜人風情が気安く話しかけるな」

「つまり、できないってわけか」

「喧嘩売ってんのか?」


 ジュエがユークリウットと顔を突き合わせて睨みをきかせる。


「その女が下位のマシン・ヒューマンならできない。下位なら視界や勘を頼りに速度を抑えながら移動するのが精一杯だからな」


 エスナがそう述べると、今度はキュエリが話を続けた。


「空気の圧縮。加速度の調節。風向きや気温などの外的要素を考慮した各部調整。移動における圧縮空気の必要量の計算。周辺の索敵。これらを一瞬かつ一遍に行う。マシン・ヒューマンはそれを幼い頃から練習するけど、感覚的なものだから能力に差が出るのは当然ね。竜人のユークリウットこそそういう能力的な部分はどうなの?」

「俺も身体能力や感覚に頼っているところが大きいな。もしもこの霧の中でミルファと追いかけっこをしたらおそらく追いつけないだろう」

「ミルファは周囲の環境に合わせて全身の機構一つ一つを変えているのでしょうね。上位のマシン・ヒューマンの彼女なら視力の強弱どころか、色の光信号を受容する網膜の仕組みや視覚野さえつくり替えられると思うわ」

「……すいません、先生。私は上位のマシン・ヒューマンなのにできないみたいです」

「無理しなくていいのよ。上位の中でもミルファが特別で、できないのが普通なのだから」

「何とお優しい……」


 キュエリが泣きつくエスナの頭を撫でる中、ユークリウットが開口する。


「マシン・ヒューマンってどういう区分で上位と下位に分けられているんだ?」

「明確な規定は無いけど、私たち研究者の間では圧力に強弱をつける『気密性』、変形箇所を自由に操れる『操作性』、色んな形状に変えることができる『柔軟性』、体細胞を弾丸とか色々なものに変換させる『応用性』の四つの能力がどれだけ高いかで分けているわね。マシン・ヒューマン自身は能力差というものを何となく感じて分類しているようだけど」


 上司の腹の柔らかさを堪能していたエスナがバッと顔を上げた。

「はい。常日頃から使っている能力ですので性能の特徴や限界点も含めてマシン・ヒューマンを少し見ただけで優れているかどうかは大体分かります」

「竜人に似ているんだな。竜人も生み出せる光の得物の大きさが均一じゃない」

「ふーん。連盟って研究みたいなこともやってるんだね」


 得心とくしんしたように頷いたジュエは空気孔から空気を取り込み、圧縮させようと体内の回転子を激しく稼動させた。

 だが、空気はすぐに蒸散して思うように溜められなかった。


「……やっぱ霧ん中はダメだな。空気中に水気が多すぎて圧縮しづらい」

「ミルファは普通に圧縮させていたな」

「うっせえ。そもそも、お前ら霧ん中に降りてんじゃねえよ。非常識にも程がある」

「あいつも大丈夫みたいだぞ」


 ユークリウットは顎を前方にくいと向ける。

 エスナは何食わぬ様子で跳躍移動をはじめていた。


「お前ら本当に何なんだよ……」

「ただの旅行者だ」


 ユークリウットは光に包まれた両足で跳躍し、ジュエを一瞬で置き去りにした。


「置いてくんじゃねえ、クソォ!」


 ジュエは濡れた地面を走って坂を下っていった。



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