第21話 マシン・ヒューマンの村


 東の空が微かにしらむ早朝。ユークリウットたちは野営を引き払って出発した。

 連盟や現地の竜人たちに遭遇しないよう海の汀線ていせんを歩き、獰猛な恐竜群や巨大節足生物が闊歩する広大な原生林を抜けて、山脈の山あいに広がる小さな盆地で人里を見つけるまで三日ほど費やした。

 巨木の樹枝の上にいた四人は、枝葉の向こうに見える人里を眺めていた。


「私が様子を見てきます」

 ミルファが一人で巨木から降りる。


「彼女立ち直ってきたわね」

 キュエリがそう述べると、隣にいたユークリウットはそうだな、と呟いた。


 それから十分ほど経過してミルファが戻ってくる。


「マシン・ヒューマンで構成された村でしたね」

「キュエリ、マシン・ヒューマンって地域差による違いとかあるのか?」

「海岸線沿いに生まれたマシン・ヒューマンは比較的水中活動にけていることや、山の中でよく狩猟するマシン・ヒューマンは得物を使った狩猟能力が優れることはあるけど」

「そうじゃない。居住地域が変わる事で他の種との関係性が変わるのか?」

「マシン・ヒューマンが人間と仲良くすることはあっても、竜人と仲良くするようなことはないわ。私が見た限り、これはアリメルンカ大陸でも同様ね」

「竜人と対等に渡り合えるはずのマシン・ヒューマンが何故そこまで竜人を嫌うかね」


 ユークリウットの発言に対して今度はエスナが口を開いた。

「生物発生学において竜人はかなり異質な存在なのだ。人間とマシン・ヒューマンが性行為をして新たな命が誕生することはあっても、竜人と人間の間に子供が誕生することはまず無い。受精卵が細胞分裂の段階でなぜか死滅してしまうからな」

「でも、人間とマシン・ヒューマンを親に持つ場合もすごくまれなのよね。この組み合わせで妊娠する確率がなぜか異常に低い。染色体の数も同じはずなのにね」

「マシン・ヒューマンの誕生は両親が共に人間で、子供だけマシン・ヒューマンという場合が一番多いですからね。やはり、あれが関係しているのでしょうか?」

「それを調べるのが私たちの目的でしょ?」


「あのー、二人で盛り上がっているところすいませんが、村のことはどうしましょう?」

 ミルファが小さく手を上げて研究者たちの会話に割って入る。


「私たちだけなら問題無いけど」

キュエリはユークリウットを見やる。

「俺はここで待ってようか?」

「ユークさんに村の近くをうろうろされても困りますよ」

「そうね。じゃあ、お願い」

 キュエリの目配せを受けたエスナは背負い袋の中から太い麻縄を取り出すと、ユークリウットを簀巻きにした。

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「うっ!」


 上半身を縄で縛られたユークリウットは大勢の村人が集まる広場の地面に倒れこんだ。

 ミルファはユークリウットの背中を踏んづける。


「安心してください。この竜人はとても従順なので、私たちが責任を持って管理します」


 四人の来訪者を囲むように集まった村人たちは怪訝けげんそうな顔を浮かべる。村人の多くは女性で構成されていた。


 村人の中から筋骨が発達した茶髪の女性が出てきた。


「ジュエ=ラ=クーンだ。この村で副村長をやっている」

「ミルファ=フォーレンです。救世連盟に所属しているマシン・ヒューマンです」


 ミルファはジュエに対して丁寧に頭を下げた。


「そっちは?」

「連盟員に協力している私の仲間です」

「分かった。しかし、連盟……ね」

「何か?」

「このアリメルンカ大陸にもジアチルノイア出身の渡来人がいるから連盟のことは聞いてはいるが……正直面倒だ、というのが率直な感想だ」


 ジュエはミルファの前で嫌悪感を隠そうともしなかった。


「救世連盟は竜人などに虐げられている人間を助けるべく――」

「ああ、それそれ」

 ミルファの話がジュエによって遮られる。


「あんたらが人類のために戦っているらしい事は知ってはいるが、その行いがマシン・ヒューマン全員に賛同を得られているように言われても困るんだよ」

「あー、ちょいとどいてくれ」


 村人たちが道を開ける。長いあごひげをたくわえた中老の男性が杖をつきながら現れた。


「村長のコルフォレ=エ=ヨンゼンじゃ」


 ミルファはコルフォレに挨拶を返す。


「ミルファさん。この村の民は皆マシン・ヒューマンじゃが、だからといって救世連盟に加盟しようとは思っておらん。どちらかというと争いを避けてきた部族なんでね」

「加盟を要求しに来たわけではありませんが、何故そこまで連盟を煙たがるのですか?」

「高尚な活動を行っている連盟もワシらにしてみればただの宗教にしか見えんのじゃ。人類を助けましょう。人間とマシン・ヒューマンは手を取り合いましょう。竜人を倒しましょう。皆で集まって組織化しましょう。組織のために働きましょう……君たちの行いは個人が属するには個性をいささか殺し過ぎているように見受けられる」

「否定はしません。ですが、皆が手を取り合って組織化しないと竜人はおろか恐竜やドラゴンに太刀打ちできないのが現状です」

「だから我々はマシン・ヒューマンだけで村をつくったんじゃよ」

「それはあまりにも――」


キュエリが話の途中だったミルファの衣服をぐいと引っ張った。


「分かりました。村の思想には口出ししません。連盟の話も同様です」

「そうしてもらえると助かるが……ん、あんた、もしかして人間か?」

「そうですが、よく分かりましたね」


 キュエリが人間と分かると、コルフォレを含めた村人たちが困った顔を浮かべた。


「長年の勘みたいなものじゃよ。じゃが、ふむ……」

「人間のような足手まといがいると不安ですか?」


 村人たちの機微を察してキュエリがそう切り出した。


「そこまでは言わんが、人間だと居場所を与えられんのがね」

「ご心配なく。高位のマシン・ヒューマンであるこの私が責任を持って先生をお守りします」


 エスナがキュエリの前にずいと出て、コルフォレを含む村人たち全員に力強く宣言した。


「高位の者なら……」

「でも、人間を排除してきた手前……」


 村人の中でも意見が真二つに割れていた。


「これこれ、うるさいぞぉ」


周囲がざわめく中、コルフォレが杖の先で地面をカンカンと叩く。


「ミルファさんも高位のマシン・ヒューマンなのかな?」

「ええ、そうです」

「……分かった。人間さんの件に関してはそちらの言い分を聞こう」

「いいんですか?」


 ジュエがコルフォレの隣にやって来て、声を潜めて話す。


「一時的な滞在じゃ。その後、入植させるにしてもいい見極めにはなるじゃろう」

「村長がそう言うのなら従いますが」

「決まりじゃ。じゃが、その竜人はなあ……」


 村人たちの視線がユークリウットに集まる。

 敵意のこもった冷徹な視線を受けたユークリウットは内心で村への滞在を諦めた。

 

 ミルファは胸を強く叩き、声高らかに叫んだ。


「暴れるようなことがあれば私がこの竜人を始末します」

「しかしなぁ……」

「だったらこれを受け取ってください」

「おい、バカ」


 ミルファはユークリウットの腰に付いていた布製の袋を引っ手繰ると、コルフォレに放り投げた。


「これは、これは……一財産じゃのう」


布袋の中には鉱石がぎっしりと詰まっていた。


「翡翠、紅玉、らん銅鉱どうこう……こりゃあすごいな。街をつくれるぞ」


 袋の中を覗き込んだジュエが生唾を飲み込んだ。


「それを全部あげます。だから、この竜人も置いてあげてください」

「ミルファさんは取引上手じゃな……まあ、よかろう。じゃが、まったく自由というわけにはいかんからジュエを監視につけさせてもらう。それが条件じゃ」


 コルフォレがそう言うと、村人たちは渋々といった様子で納得した。


「いいなあ、若い女の子に囲まれて。俺も副村長に立候補しとけばよかったなあ」

「優柔不断なあんたじゃ副村長なんて無理だろうよ」

「夫なのに扱い酷いな」


 緊張から解かれた村人たちの間では徐々に談笑が始まった。


「俺の全財産……」

「命をとられたほうがよかったですか?」

 

 ミルファは地面に降りると傷心中のユークリウットの顔を覗きこんだ。


「村長」


 石と植物を加工してつくられた武具を装備するマシン・ヒューマンの一団が、圧縮空気を体外に放出しつつコルフォレの前に着地した。


「狩猟組、これから狩りに行ってきます」

「そうか。村民の胃袋はお前たちにかかっている。しっかり頼むぞ」

「よし、行くぞ!」


 マシン・ヒューマンの一団は圧縮空気を放出して、村を囲む木製の壁を跳び越えていく。


「何が採れるのかしらね。エスナ、行ってみない?」

「了解しました」

「ミルファとユークリウットはどうする?」

「俺もこの地域の生態系に興味がある」

「私も行きましょう」


 エスナはキュエリを抱きかかえると、圧縮空気を使って空高く跳躍する。

 ミルファ、ユークリウットもそれぞれの特殊能力を使用してエスナに続いた。


「おいこら待て!」


 ジュエも体の背部を変形させてつくった空気孔から圧縮空気を放出して四人を追った。


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