第20話 『ジベスの日記』


九月二十一日

 村の近くにマンモスが現れた。竜人とマシン・ヒューマンが協力してマンモスを狩り、人間が獲物の肉を調理した。種の垣根を越えたこの協力関係はとても喜ばしく、夜に開かれたささやかな宴会も大変心地よいものだった。




九月二十三日

今日は息子と共に山へ山菜取りに出かけた。私はゼンマイやワラビなどを収穫する傍ら、息子は沼地にいた亀を興味深そうに眺めていた。無邪気なものだ。




九月二十七日

 今日は村人総出で葬儀を行った。ヤマナシの実を採りに山中へ入った人間の男性が熊に襲われて死亡した。悲しみに暮れると共に、我々人間は生物として弱者であることを改めて思い知った日でもあった。




十月六日

 今日は雨が降っていた。稲刈りを予定していた日に雨とは不運だ。特に用事もなかったので息子に恐竜の話をしてやった。他の子に恐竜の話をすると食い殺される事を想像するのかたちまち怯え始めるのに、この子は逆に興味津々と言った様子で話を聞く。心臓の強い子だ。




十月七日

 昨日の雨が上がって晴天に恵まれたが、雨を吸った圃場の土がぬかるみ、とてもではないが足を入れられなかった。しかし、マシン・ヒューマンは圧縮空気を駆使して空中に浮かびながら稲を器用に刈っていった。




十月十日

 今日は村の公会堂で村の皆に恐竜のことを教えた。草食恐竜と肉食恐竜の違い。海にも恐竜が棲んでいること。変温生物ではなく恒温生物であること。このような勉強会を定期的に開催しているせいか、村の皆は私のことを『物知り爺さん』と呼んでくる。どんな賞賛よりも誇らしい渾名あだなだ。




十月十一日

 今日は一番新しい住人が来てから丁度ちょうど二ヶ月が経った日だ。この村では村人を新たに迎えるとき村人全員の承認が必須だ。この世界には種族間抗争が存在している以上、閉鎖的になることは残念ではあるが仕方のないことだ。だが、いつかは誰でも気軽に入植できるような開かれた村になることを期待したい。




十月十二日

 村に住んでいたマシン・ヒューマンの女性と、竜人の青年が同棲を始めるようだ。この村では種族について無闇に触れないという不文律ふぶんりつがあるが、若さというものはそんな壁さえ乗り越えてしまうらしい。私はこの村をつくることに携われて心の底から嬉しく思った。




十月十六日

 村で食中毒が発生した。原因はジャガイモだ。芽さえ取れば安全だと思っている者も多いが、野菜は安易に捕食されないよう実そのものに毒があるものも多い。ジャガイモの毒であれば痙攣や嘔吐程度で済み、命に関わるようなことはない。といっても、毒にうなされている本人にしてみれば大事なのだろう。その証拠に息子は私の隣で寝込んでいるのだから。




十月二十三日

 もうすぐ冬が到来する。寒さを凌ぐために大量の薪が必要だ。六十を越えたこんなじじいでも鉈を持って薪の調達に出かけなければならない。億劫おっくうだが仕方ない。私は爺だが、幼い息子もいて、研究者としてもう少し生きていたい。そういえば木材のきりも底を尽いていたので一緒に調達しよう。息子よ、頼りにしているぞ。



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